映画『きみの鳥はうたえる』

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Ａｍａｚｏｎプライム・ビデオで映画『きみの鳥はうたえる』視聴。

函館の街並みが美しいですね。
市電もあり車道も広いのに、車の流れも人の流れもまばらで、衰退しつつある都市の輝きというか。
夏の物語ですが、猛暑というイメージにならないのも函館という街だからで、コロナが明けたら避暑に行きたいな、と思わせるに十分な風景でした。

題名はビートルズの曲名から取っているとのこと。
原作では登場人物のビートルズ好きなところが鍵になっているようですが、現代の地方都市に舞台を移した本作では、あまり意味を持っていません。
強いて言うなら、オノヨーコがビートルズを分解させたのと、本作の石橋静河が主人公たち二人のルームシェア生活のバランスを崩したのとが、重なるくらいでしょうか。

時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、地方都市での若者の生態を描くのに、ビートルズは使えなかったということですね。
非正規のバイトで食いつなぎ、たまの休みに、おそらくは、街で唯一つのプールバーで戯れ、ただ一つのクラブで踊り明かし、カラオケルームの個室で大声を張り上げるなど。
そこで歌うのは当然に日本の曲です。
今日ではビートルズを聞くのにも、それなりの情熱・教養が必要で、そういう手順を踏んだ文化消費は本作の主人公たちには似合わないのです。
もしかしたら、染谷くんが絶えずイヤホンで聞いている音楽がそれなのかもしれませんが、何を聞いているのかは明かされないのでわかりません。
例えば、車に乗って３人でドライブに行き、カーステレオから流れる、みたいなシーンもありません。
若者の生活に、もはや車はなく、音楽消費は徹底的に個人化されています。

それらすべて、今やどこにでもある光景で、そしてどこにでもある以上に、そこから先に描ける未来のようなものもなく。
この生活を続けていれば、今より沈むことはあっても、浮かぶことはないだろうことは、深く考えなくてもわかるわけで。
そんな日常で、主体的に何かを選び取ることにどんな意味があるのだろうか、いや、ないよな、という心持ちの主人公を見事に演じる柄本佑が素晴らしいですね。
あんな柄本くん初めて見ました。
無断欠勤しかり、約束のすっぽかししかり。
同じような境遇にありつつも、どこか自分を律しているバイト先の先輩とはウマが合わないのは道理ですね。
しまいには木刀で殴られてましたが。
『劇場』でもそうでしたが、恨みを買う主人公は、後ろから自転車でやってきたその相手に散歩中に襲われるのですね。

襲われた瞬間は「？」となるのですが、誰にやられたかが分かると、不思議と納得してしまうという。
まあ、自分も経験があります。
中学時代、親が元暴力団組員だったという在日の同級生に、後ろから傘を武器に襲われたのですが、最初の衝撃を感じて振り返ったときにヤツの顔が見え、ああそう来たか、と納得しながら意識が遠のいたのでした。
学校に父親のドスを持ち込んで、周りの人間に見せびらかしたりしていたヤツだったので、それで一突きとかされたのではなくてよかったな、とか思いながら。
自分の人生で殴られて気を失った経験というのは、後にも先にもそのときだけです。

話がズレました。
映画『きみの鳥はうたえる』の話でした。

一方の石橋静河は常に主体的な選択をしていて、柄本佑を誘ったのも彼女のほうだし、バイト先の店長（萩原聖人）との関係を清算したのも彼女だし、染谷将太と付き合うことを決めたのも彼女。

そんな彼女に触発されて、最後に初めて柄本くんが主体的な行動を取るところで映画が終わります。
その告白を彼女が受け入れるのかどうかは明かされないままエンディングに入るのが、良いですね。
喜ぶでもなく、拒絶するでもなく、初めて彼から受け身にさせられたことに戸惑う表情のままの暗転。
まあ、男の側の行動としては悪手でしかないのですが。
冒頭に、この夏がずっと終わらないこと願う柄本くんの独白から始まる映画が、どの関係も元に戻らないことを暗示して終わるわけです。

これら含めて、柄本佑、染谷将太、石橋静河のいずれも本作では替えのきかないパーツで、どこまでが脚本にあったものなのかアドリブなのかわからないところが魅力です。

ｈｕｌｕ、Ｕ－ＮＥＸＴでも見られます。

佐藤泰志作品