ダニエル・リー『SS将校のアームチェア』読了。
NHKのファミリーヒストリーを見ているようでした。
でも、とりあげられているのは何らの有名人でもなく、歴史の中に埋もれている普通のナチSSの将校。
とある古いアームチェアのクッション部分から見つかったとある人物の書類が、歴史学者であるユダヤ系イギリス人の著者の手に渡ったところから始まる長い旅。
見つかった書類からは、第二次大戦中のドイツ人の中堅官吏であるとしか読めなかったものが、著者が調査や聞き取りを進めていくうちに、SS将校であったこと、ドイツ軍兵士としてフランスやウクライナへの行軍に参加していたこと、また役人としてナチのユダヤ人迫害にも深く関わっていたことが明らかになっていきます。
また、著者の親戚自体ではなくとも、少なくともその知り合いレベルの人たちの殺害には間接的に関わっていたであろうことも、淡々と記されます。
その衝撃の度合いは、想像を絶するものだったと思うのですが。
こういう研究者の方が、過去の特定の人を取り上げるとき、そこにある動機というのは何かしらの共感だったり憧れだったり、そういったものがあると思うのですが、今回の場合は何でしょうかね。
ユダヤ系の人間として、身内にこの主人公の資料を見せたらひどく嫌悪感を示された、というエピソードが書かれていましたが、当然のことでしょう。
冒頭にあるように、たまたま資料が見つかった、ということではあるのですが、結果的に自身の身近なところにまで狂気で迫っていたことを知ることになってしまいました。
主人公が、奴隷制度時代の面影を強く残したアメリカ南部にも縁があったことなどを取り上げて、人種差別的な思考を育む環境にあったのではないか、としている箇所もありますが、そこは著者の推論の域を出ないしそこまで書くのは蛇足だったかな、とは思います。
それよりも、家族を持ち普通の生活を送っていた人間が、殺戮・人道に対する罪に染まっていく様の恐ろしさのほうが心に刺さります。
そして最後は解放後のプラハの病院で、おそらくは殺されたのだろうことと、集団墓地で他の数十人のドイツ人とともに眠っているところまで探り当てることができました。
また、残された妻は子供を抱えつつ再婚し、それでも心の平衡を保てなくなり薬に溺れたことなどまでも。
それにしても、主人公の身内の人であっても、著者が訪れるまで彼の存在は一族の歴史の中でほぼなかったことになっていたり、その人にとっては初めて聞くエピソードが多かったりということが多々。
末端のドイツの人にとっての第二次大戦との向き合い方、ナチとの向き合い方の一端を見た思いです。