映画『劇場』

映画『劇場』 評論

Amazonプライム・ビデオで『劇場』視聴。

行定勲監督作品を見るのは『北の零年』以来です。
でもANAの成田上海線の機内での上映で、エンディングまでたどり着かなかったという・・・。

この作品は又吉さんの二作目の映画化ということですね。
両作品とも原作を読んでないのでわからないのですが、舞台をお笑いから劇団に変えた、という感じなのでしょうか。

執筆に際してかなり煮詰まってなかなか筆が進んでいなかったのは、『火花』後の又吉さんを追ったNHKのドキュメンタリーで見ました。
夜の公園をひとり(、といいつつ取材のカメラもひきつれて)彷徨いながら、創作意欲を高めていく様は、見ようによっては本作の主人公の姿そのものじゃないですか。
随分と苦しみましたが、無事作品になって出版もされて映画にまでなって、良かったですね、と。
もちろん芥川賞を取ったことで、書き上げれば出版までは確約されていたでしょうけれども。
ちなみに、彼自身は原稿用紙は使っておらず、ノートPCに打ち込んでました。

そんな本作ですが、こんな女おらんやろ、と思いつつも松岡茉優の魅力ですべて許せてしまうという、これは配役の妙ですね。
青森出身というのもズルい。
全然訛ってないけど。
教養としての芥川賞』によると、又吉作品にはいつも都合の良い理想の女性が出てくるのだそうですが、ノンフィクションじゃないのでこんな妄想全開の女の子でも良いですよね。

何者でも無い主人公が「いつまでもつだろうか」と言い続けながらもがいている様と、そんな主人公を信じて支え続けた彼女という構図ですが、終盤になり、何者でもないことに苦しんでいるのは彼女の側も同じだった、という逆転。
服飾の大学に通う女優志望の女の子、というわかりやすい設定になっていたのに、スルーしてました。
ええ。自分の読みの浅さに絶望しました。

昔読んだ村上龍の本で、女性の三分類というのを挙げていました。それは、

1.表現する女
2.表現したいが出来ない女
3.表現という概念が無い女

というものです。
てっきり松岡さんの演ずる沙希は3のタイプだと思い込み、見進めてしまっていたのですよね。
もちろんそれは、演出上そうなっているところもあるし、周りもそうだと思いこんでいるから、伊藤沙莉も主人公に「別れなさい」と助言するのでしょう。
何者かになりたい自分のエゴで彼女の人生を壊すな、と。
ところが彼女は2のタイプで、彼と出会ってなければ早々に諦めて実家に戻っていたはずだ、と告白する段に至り、そういうことか、と。

そういえば先日こんなツイートが話題になりました。

このツイートをされた方は医師のようですが、それだけで何者かであり得る職業である人からすると奇異に感じたのか、それとも敢えてのマウンティングなのか。
でも、これくらいの関係じゃないと難しいんですかね。
何者かでありたいともがき苦しんでいる者同士では、結局は破綻あるのみだった、ということでしょうか。

音楽も曽我部さんだし、ケラさんとか吹越満さんとかが映り込んでくるし、なんというか90年代のサブカルを煮詰めたような感がある映像が懐かしさを伴うというか。
なんか自分の若い頃も思い出されてきて涙腺が崩壊気味でした。

そういえば昔、吹越さんは東横線で見かけたことがあります。
当時はまだ始発だった渋谷で発車間際に乗り込んできて、搭乗中はずっと顔をスカーフで隠すようにしていて、学芸大だったか都立大だったかで降りていきました。
降りていくときも、ドアが閉まる間際に人を巻くようにして出ていって、少しあれは自意識過剰なんじゃないかと思いましたけど。
実際、彼に気づいていたのは、その車両では私だけだったと思うし・・・。

話がズレました。
劇場』の話でした。
ところで、アマプラの紹介文には、

「沙希は永田を応援し続け、永田もまた自分を理解し支えてくれる彼女に感じたことのない安らぎを覚えるが、理想と現実と間を埋めるようにますます演劇に没頭していく―。夢を叶えることが、君を幸せにすることだと思って。」

とあるのですが、それは違うような気が。
多分、主人公は創作活動に没頭している間は彼女のことはまったく考えてないと思います。
単に無意識レベルで執筆の邪魔と感じていただけかと。
無論、その無意識の原因については彼女の側は気づいていて、別れを切り出すわけですけれども。
彼女自身のセリフになっていますが、何者かになることを目指す彼が好きで、でもそれは何者でもないからで、だとしたら永続的な関係にはなれないのですよね。
彼のことを本当に応援するなら。

その別れから数年後なのでしょうか。
エンディングが示唆しているのは、本多劇場を満席に出来る程度には成功した、という主人公。
だからこれは、芥川賞を獲った又吉さん本人同様、何者かにはなったということで良いのですよね?

とはいえ、そんな小劇団を舞台にした映画もまた、吉本興業主体の製作委員会になるという、結局エンタメは吉本総取りかよ、みたいなことを思わなくもないです・・・。

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