桐野夏生『ハピネス』読了。
単行本としては2013年の作品ですが、「VERY」に2010年から2012年まで連載されていたとのこと。
もう10年以上も前なのですね。
作品の中ではコロナどころか東日本大震災も登場しません。
それにしても「VERY妻」の日常がこの作品に登場する人物たちのようだったとしても、それをVERY本誌で紡ぐというのはどうだったのか、なんて思うわけですが。
新聞の連載とかならまだわかるのですが。
林真理子の『下流の宴』みたいな感じで。
それはさておき、そんな時代の作品を手に取ったのは、とあるサイトでタワマン文学の元祖的な扱いをされていたからです。
作者が女性ということもあってか、登場する旦那さんたちの職業描写などは、昨今のタワマン文学に比べると解像度が荒いところはありますが、十分にグロいですね。
サラリーマン家庭の専業主婦でもタワマンに住んでいて違和感がないというのは、少し時代からズレてしまった感は無いではないですが、本来はこれくらいのレベル感がちょうどよいはず。
夫婦ともにフルタイムでの共働きで、ペアローンとかいう1億以上の負債を抱えてまでして住むところではないような…。
一次取得層が買えるマンションの立地は、タイミングによってまったく変わってしまうのですね。
埼玉のバス便に「億」のバブル世代もあれば、「麻布を名乗りつつ住所は三田のマンションw」のロスジェネもあれば、「ザ・コスギタワーってなんだよ、ザコすぎw」のゆとり世代もあります。
そして今や、湾岸タワマンをパワーカップルがペアローンで買うさとり世代、でしょうか。
どんな資産運用よりも、結婚して子どもが出来、住む場所を決めるタイミングがほぼすべてを決定してしまうのは哀しさを通り越して笑けてきます。
本作は10年ほど前の湾岸のタワマンでの物語です。
主人公の夫は、転職などではなく期限付きの海外赴任ということなので日系企業なのでしょう。
IT系だそうですが、ウィスコンシン州というのが渋いというか、よくわからないところを突かれた感じがあります。
何もない場所、というのを浮き上がらせる舞台装置としての地名なのでしょうけれども。
一方の「いぶママ」の夫がマスコミ系でGクラスに乗っている、というのも粗いながら主婦目線ならそれで十分ですよね。
そういった設定もさることながら、ストーリーの進め方として、主人公と夫との関係であったり主人公自身の過去であったりを、小出しにしていくのがさすがで、その都度引き込まれていきました。
登場する人物すべてが嫌な面を持っていて、そしてそれを自省できるほどには賢く、それゆえに過剰に苦しむ様がリアルです。
まあ、それでも主人公のやり方は許したくないですけれども。
だって、男からしたら、女から妊娠を告げられ結婚を決意し、そしてその子どもを出産を終えた段階で、実は離婚・出産歴があり、地元に捨てた子どもがいるんです、なんてことを知らされたら再起不能ですよ。
それも本人ではなく、出入りの看護師の口から聞かされるなんて。
この主人公は、辻村深月『傲慢と善良』での婚約者真美の、地元で妥協の結婚・出産をしてしまってからすべてを捨てて上京してきたバージョンみたいな感じですね。
とはいえあの作品も本作も、それでも人生はやり直せるよ、というメッセージが最後に込められていて救いはあります。
一箇所違和感があったのははじめのところ。
主人公の住む部屋のインターフォンを鳴らしてエントランスをくぐってきた美雨ママが、主人公に住んでいる部屋の階数を訊ねています。
ええ、大体、部屋番号で階数はわかりますよね…。
いずれにせよ、郊外でもタワマンでも地方でも、ご近所付き合いは大変だとわかる一冊。