佐川恭一『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』読了。
表題作含め9本の短編集です。
例外はありますが、だいたい中学生から社会人一年生までの非モテ男子が主人公。
どいつもこいつもこじらせ具合がひどいのですが、唯一の書き下ろしである「すばる文学賞三次通過の女」が異色でした。
どこまでかはわかりませんが、ある程度は自伝的なところがありそうなのが良いです。
タイトル通り、すばる文学賞の三次を通過したことのある女性とのことについての物語ですが、他の作品と異なり彼女へのマウンティングが入っているのですね。
あえて本人と彼女、それからその周りの幾人かにはモデルがわかるように書いているのだと思われます。
未だに各種の文学賞の予選通過者の欄で彼女のペンネームを見ることがあるとのこと。
小説を書き始めたのは自分のほうが遅かったけれども、自分は既に単行本を出せるくらいの作家になった、と言える著者。
そんな著者を幾分か投影させた主人公と、未だに文学賞への応募を続ける彼女との距離を、思い出とともに確認して文を終えているのでした。
著者の作品を読むのは初めてですが、学歴を軸にしたこじらせ男子の明後日の方向に向かいがちな思考を文章に乗せる感じが、ウケているのだろうと感じます。
なので文芸誌に載る作品もそういうニーズを汲み取ったものが多くなるのでしょうけれども、自身の単行本になるともう少し自由度は増します。
そこで、書き下ろしで少しそこから外れたものも許容できるようになり、こういう作品を書くことになったのでしょう。
そこで覗かせる少しばかりの感傷とマウントに微笑ましさを覚えました。
お笑い芸人が、自伝的な小説で先輩芸人とのことを記したものと言えば「火花」ですね。
先輩との付き合いが一冊の本になるほどに膨らむわけですけれども、本作ではそんな膨らみもありません。
メインは主人公が童貞を捨てる一晩の描写だけですからね。
それが良いとか悪いとか言うのではなく、作家とはつくづく孤独な職業だと感じます。
芸人であれば絵になるであろう、互いに切磋琢磨した場末の演芸場だとか、その後に飲み屋で議論をぶつけ合ったとか、そういうものもありません。
競う場としての文学賞も、入選者のリストを見て確認するくらいのもので。
しかし、学歴へのこだわりとリビドーが抜けたら、この著者はどういう筆致になるのか。
中年以降の作品を今から楽しみにしております。
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