小谷野敦『あっちゃん』読了。
副題は「ある幼年時代」とありますが、幼年期から小学校卒業までの自伝です。
書き下ろしの長編で、よくこんなに書くことがあるなというくらい子供の頃の記憶が文字化されています。
テレビについての話題が多いですが、一回り上の著者とは世代的に見ている番組にまったくかぶるところがありません。
考えてみれば当たり前で、著者の小学校生活が終わる時点ではまだ自分は生まれていないのでした。
でも、再放送でですら見たものがほとんど無いのですね。
ウルトラマンシリーズなど、名前は知っているものの実際に見たことはない、というものは稀で、大概は作品名もまったく聞いたこともない、というものがほとんど。
なぜなのでしょう。
テレビのカラー化が始まったからというわけでもなさそうです。
時期的にも必ずしもカラー化の伸展と一致しているわけでもないので。
一つの仮説として、オイルショック以前と以後で文化的な背景に決定的な差異が生じてしまい、それ以前の作品が再放送でも鑑賞に耐えなくなったから、とかいうことを思いつきました。
いや、別にそれを今ここで検証しようという気も無いのですけれども…。
単にアニメスタジオの権利面の都合で昔の作品を使いにくくなった、とかいうだけだたったりするかもしれないですしね。
もしかしたら岡田斗司夫さんとかが色々語ってくれているかもしれませんが深入りはしません。
我々の世代が親しんだそれ以降の作品はというと、例えばガンダムは今でも見るし、オリジンとか言ってオリジナルをわざわざリメイクしたり、「ククルス・ドアンの島」とかいって単発で映画にしたりと今に至るまで地続きです。
特撮も、スーパー戦隊シリーズはゴレンジャー、バトルフィーバーの頃から基本プロットは変わっていませんよね。
こういった自分等が子どもだった時代の子供向けコンテンツが意外と残っている印象があるのとは対照的でした。
そんな著者ですが、記憶だけを頼りに本書を書いていたわけではなく、明らかにWikipediaなどで記憶と記録の突合を図ったようなところもあり、過去を正確に振り返るのには良い時代になりました。
その作業がくどすぎるようなところも散見されたのですが、あとがきでの告白で納得しました。
以前に書いたウルトラマンについての本で、思い違いで書いた箇所でウルトラマンオタクの方々からさんざん攻撃されたようなのですね。
なので、今回は記録が辿れるものについては万全を期したということなのでしょう。
それでもX(旧ツイッター)ではこんなやりとりも。
ウルトラマンオタク恐るべし。
あと、御本人は「図書館ではなるべくなら913、つまり日本文学-小説の部に入れてもらいたい」と書いていましたが、
とのこと。
残念でしたー。
千葉や越谷に縁のある人、1960年代生まれの人には楽しめそうな一冊。