高嶋哲夫『EV』読了。
若き経産官僚とイーロン・マスクの友情が、テスラとマツダの合弁を導き出し、日本の自動車業界の苦境を救うの巻。
しかも2025年に世界に先駆けエンジン車の販売を取りやめることで中国の野望をも打ち砕くとか。
そんな未来、来るわけないですけど。
2021年の描き下ろし作品ですが、近未来小説というよりほぼ同時代進行の物語なので、すぐに現実と齟齬が出てきてしまいます。
著者としては、ノンフィクションで書きたいところを、想像も入れるので小説の形にしたということでしょう。
そういう意味では誠実な方だと思います。
ノンフィクションなのに妄想が入っている、というパターンに比べたらまったくもって良心的です。
ただ、黒木亮さんの『カラ売り屋vs仮想通貨』でもそうでしたが、イーロン・マスクの思考が日本人的かな、と。
(まあ、あの作品はそもそも日本人でしたが。)
義理と人情も通用する熱い男、ということになっていて、ペイパル売却後にテスラを買収し経営に参画、というところは現実に即していますが、似せているのはそのあたりまで。
大麻を吸いながらポッドキャスティングをすることもなければ、ツイッターで暴言を吐くこともない。
テスラの一部門として、スペースX的なビジネスをまさにこれから始めるということになっていたり、衛星電話をふんだんに使う割にはスターリンクは自ビジネスではなさそう。
それから2021年の話なので、もちろんツイッターも買収してないです。
あれもこれも同時に経営している、となると小説としてはリアリティがなさすぎる、ということでしょうか。
そもそも、イーロン・マスクというのは小説の登場人物にはしづらい、現実離れしている存在なのですね。
また、環境問題を念頭に置いた各種規制の進行もコロナを受け後ろ倒しになった、というだけです。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、そもそもそれらがなかったことになるかも、なんてことにはなっていません。
コロナ明けでビジネスもようやく通常モードに戻ってきた、という世界線のお話です。
出版から1年ほどしか経っていないのに、欧州を中心に世界の事情はまったく変わってしまいました。
自滅していくロシアに、更に内向きになったチャイナ。
台湾危機はいつの間にか、いつ起きるか、という時間軸の議論になっていて、米国は民主党政権にもかかわらずさらにチャイナ切り捨てを進めるなど。
本作品では習近平も出てきていますが、中共指導部は非常に賢明で戦略的だ、ということになっています。
これも本当かどうか。
最近の幹部パージやネット企業バッシング、ゼロコロナ対策などを見るにつけ、よくわからなくなってきます。
我々の感じる怖さも、覇権国への道を合理的に進む国家へのものというよりは、むしろ何をしでかすかわからない得体の知れない相手に対してのそれに変質しつつあるような。
とはいえ本書のテーマは、著者の抱く危機意識にあり、そこまで批判する気にはなれません。
自動車産業で成功した日本。
そして、成功したがゆえに容易には変われない、それによる没落の危機。
このままでは半導体産業のようになってしまうぞ、という危機感は良いのですが、旗振り役たる主人公が経産官僚だというのが、ある意味日本の限界に感じてしまいます。
フィクションの設定に文句を言ってもとは思うのですが、フィクションであればこそ、技術一発で世界を変える理想に燃える町工場の経営者、みたいな荒唐無稽なものも読みたいなぁ、なんて。
あれ?それって『下町ロケット』?