Amazonプライム・ビデオで『翔んで埼玉』視聴。
30年ほど前にこんな映画があったら、自分の青春時代もあんなに歪まなかったのではないか、などと思いながらも埼玉あるあるに頷くこと多々。
原作を読んだことは無いのですが、1982~1983年の作品とのことで、当時だとこれはぎりぎりギャグになったかならないか、くらいのところでしょうか。
首都高も伸びてないし、電車も乗り入れ・接続はほぼないし、何より県内での横のつながりがほぼないのが、当時の埼玉。
東京外環もないし武蔵野線も一時間に数本レベルで。
埼玉都民という言葉は昔からありましたが、それも沿線ごとに分断されている感じはあり、埼玉県としての一体感みたいなものは無かったですよね。
映画では埼玉解放戦線が内輪もめで空中分解しそうになるシーンがありましたが、埼玉の中心がどこかで埼玉民が揉めるなんて、そんな熱量すら無かったですよ、かつては。
東京からの距離によるヒエラルキーはあっても、例えば所沢と大宮で諍い、とかそういう話は起きようもないのです。
沿線が違うので。
自分が野球ではファイターズファンになったのは、黄金期の西武に対するアンチ的な心情が無かったかと言われれば否定はしませんが、それよりも西武球場よりも東京ドームのほうが時間的に近かったから、という理由のほうが大きいです。
結局のところ、それは埼玉の交通の便の問題で、どちらに行くにせよ池袋を経由しないとならない以上、ドームのほうが足を運びやすかったというわけです。
結果的に埼玉の球団が埼玉県民をファン層からこぼしてしまっていたわけでこれは大問題。
最近は県営大宮球場もサブ本拠地となり、チーム名も「埼玉西武ライオンズ」になったこともあり、ある程度はそういう現象も解消しているとは思いますが。
まあ、そんなファイターズファンではあっても、テレビ埼玉での西武の優勝インタビューで、清原が言った「(こんな取材はさっさと終えて)早く東京行きたい。」という言葉にカチンとくるほどには、埼玉県民としての意識の萌芽はあったかなー、と。
映画では、伝説としての過去と現在とが行ったり来たりするのですが、そういう意味では過去の埼玉も現在の価値観での埼玉なのですね。
ある程度人々の中で埼玉というアイデンティティがあるのが前提という。
そこがむず痒くなったりもしましたが、でもそうでもしなければギャグにならない、というか話にもならないので、そこは逆に嬉しくなったりしたのも事実です。
映画では、それでもバラバラになりがちな埼玉県民をガクトのカリスマ性が引っ張るという形で描いていましたが、現実の歴史でそれに相当するものはなんだったかというと、交通網の整備、埼玉ネイティブな住民の増加という背景はありながらも、やっぱり浦和レッズじゃないでしょうか。
1993年の連敗記録から始まる弱小チームは、J2落ちも経験し、そこからのゼロ年代なかばの無双。
短い中に詰め込まれた成り上がりの歴史。
これこそは埼玉の一体感をもたらしたものでしょう。
実家の近所には、ACL観戦のために中東弾丸ツアーに出かけたおばちゃん軍団が居たと、後に親から聞きました。
オリジナル10では浦和レッズは埼玉での唯一のチームで、それが埼玉を埼玉にしたのだ、というのは言いすぎでしょうか。
わかりやすいことを言うと、昔の価値観のままなら、熊谷出身の原口元気はユース出身とはいえ「オレたちの元気」とはならなかったんじゃないかな、なんてことを思うのですよ。
だって、あの浦和市民が熊谷の子を「オレたち」に入れますかね?
熊谷なんて新幹線で行く所で、浦和に住む埼玉都民からしたら地の果てという扱いだったでしょう。
かつてだったら、同じ埼玉、という意識での繋がりは皆無だったと思います。
でも、元気は「オレたちの元気」。
強かった時期でも育成には難ありだったレッズで、初めて大成したユースからの生え抜きですよ。
アンダー世代のときには年代別代表の試合への派遣すら断りを入れるくらいに大事に、甘やかしすぎるくらいにして育てた埼玉の選手。
熱くなってカードは食らうし、無駄な走りは多いし、賢く無さそうだけど、それらも含めてレッズが育成した選手感がありました。
ちなみに、小野・長谷部を送り出したときは、そうは言っても静岡からお借りしてきた選手だし、という意識はあったし、関根・橋岡を送り出したときは、レッズも育成で結果を出せるチームになってきたという満足感のほうが先にきましたね。
では、そんな埼玉の浦和レッズにとって、大宮アルディージャとはなにか。
そうですね。
あれは異物なんです。
ひと頃のさいたまダービーの激しさって、ひどかったですよね。
あえて言えば、大して歴史もない両チームなのにあそこまでいがみ合う必要があったのか、と思います。
でも、あれこそは、レッズの側からしたら、県統合の象徴の座を揺るがしかねない異物を排除したいがための激しい拒否反応とみると自然と理解できるんですよね。
今となっては同じ「さいたま市」になってしまったし、J1とJ2とカテゴリーも違うし、どちらもさいたま市長がファンクラブの会長になってるし、そんなにわだかまりもなさそうですが。
それでも昔はポンテが浦和を退団した時、「(実はアルディージャからオファーもあったけれども)アルディージャにだけは行けないと思った。」と漏らす程度には軋轢はあったのですね。
青木拓矢がレッズに来たくらいから、あんまり気にしなくなってきましたかね。
だいぶ話がズレました。
「オレの浦和レッズ論」になってます・・・。
『翔んで埼玉』の話でした。
ちなみに千葉との紛争の際、写真対決の埼玉の武器としてモックン(本木雅弘)が挙げられないのは、内田家に養子に入るまでして、血筋をロンダリングしているからに違いありません。
あと、本作中「はなわは佐賀だろー」とずっと突っ込んでましたが、最後の最後で彼は春日部生まれというオチで全部持ってかれた感。
ガクトと伊勢谷友介という、今や見るのは難しいメンツですが、果たして第二作目は完成するのでしょうか。