朝比奈あすか『翼の翼』

朝比奈あすか『翼の翼』読了。

ネットで話題になっていて、しばらく気になっていた本です。
話題になっていた、と言っても自分のツイッターのＴＬには偏りがあるので、一部界隈では、ということでしょうけれども。
同じような年齢の子を持つ親にとっては、知ってはおきたい世界のお話ですね。

受験を扱う作品ということで、どういうわけか『二月の勝者』や『ドラゴン桜』と同じ漫画だと思いこんでいました。
一巻で終わりなんだな、なんてマヌケなことを思いながら手に取ったのですが、普通に書き下ろしの小説でした。

子どもらには中学受験をさせない決断をすでに下している我が家ですが、それでも本書は読書中も読後感も、息が苦しかったです。
本作では、父親は中学受験経験者ですが、母親は地方出身でそういうものとは無縁。
だからその文化には染まっていなかったはずの母親の目線で始まるのですが、次第にその「沼」に引きずり込まれ、一家が崩壊寸前にまで至る様が現場を知らない人間が読んでもリアルに感じます。
だからこそ最後は、一応「ハッピーエンドで良かったね」で終えられるのですが、いやはや苦しかったです。

子どもを含め、こんなにまでしなければ手に入らないものなのか、そして手に入れたところで何になるというのか、というのが部外者の目線でしょうが、「沼」にハマってしまうとそういう視点を持つのも難しくなるのでしょう。
だからこそ、ツイッターでよく見る、ＳＡＰＩＸで上のクラスに通っていた子らがその後進む大学の中央値はＭＡＲＣＨ、とかいうのを聞くと愕然とします。
と、同時に本当なのだろうか、と。
大学入試とは異なる知能を測られている、ということなのか、それとも燃え尽き症候群が蔓延するということなのか。
だとすればなおさらのこと、ここで頑張る意味とは何なのか、ということを感じざるを得ません。

本作でも、途中で降りた家庭の話や、子どもが高専に進んだ家庭の話などを交え、主人公である母親の揺れる心も十二分に描かれるのですが、それでも中学受験の範疇からははみ出ず、最後は合格発表の場面で作品が終わります。
最後は本人の意志で臨んだという形での中学受験。
何はともあれ本人がやりたいと言って頑張るのだから良い、的な持って行かれ方にモヤモヤが残ります。
でもそれは本作品の中の話というだけではなく、一般の中学受験家庭の姿なのかもしれませんね。
よく見るインタビュー映像でも、「子どもがやりたいと言ったので」みたいな話になっているじゃないですか。
その都度、そう仕向けたのは誰なんだよ、と思わされるわけです。

途中、最も息が詰まりそうになったのは、父親が息子に対して「凡人なんだから」と言って子どもに勉強を強いていた箇所。
いや、別に、親は子どもを褒めて伸ばすのが教育なのだ、とかいうつもりはないのです。
ただ、本作品での父親のこの態度は、医学部に進んだ兄へのコンプレックスだとか、最難関の中学への受験を失敗した自分自身を取り戻すみたいな心持ちをぶつけたものとしての描写ですよね。
そこがなんとも辛かったです。
くれぐれも自分の子どもらにはそういう姿勢で勉強を教えないようにしようと思ったのでした。