燃え殻 ボクたちはみんな大人になれなかった

燃え殻 ボクたちはみんな大人になれなかった 評論

燃え殻ボクたちはみんな大人になれなかった』を読む。
フォローはしていないものの、著者のツイートはたまにリツイートで見かけていた。
思わず「いいね」を押すツイートが多かったが、この本を読むまで、ツイートが人気で本を書くまでに至った方だとは存じ上げず。

プロットだけを追うと以下の通り。(ネタバレ注意)
ボクも二股をして、彼女も二股をして、彼女は結果的にボクではなくもうひとりを選んだのだが、ボクはその突然の別れも含めて彼女のその選択を受け入れられずに、今日まで生きてきた。
でも、ボクがここまで生きてこれたのは、彼女がボクを承認し続けてくれたあの日々があるから。
で、そんな彼女がいなくなってから今日までの人生の承認欲求が、本の書き出しの時点で行なったファイスブック上での彼女への友達申請が本の最後で通り、彼女が猛烈な勢いでボクのタイムラインに反応することで成仏する。
というお話。
だから、アマゾンレビューでも言及されていた、「村上春樹のノルウェイの森のような」、話とは決定的に違う。

タイトルに惹かれて手にとったが、その理由は、多分世代が近いんだろうな、という直感のようなもの。
この小説が著者の自伝の要素はまったくありません、というのでも無い限り、その直感は当たっていたものと思う。
以前、40を過ぎた頃だったろうに宮崎哲弥が「今でも、大人になったら何しようか、って思うんだよね。」みたいなことを言っていて、こういう感覚は団塊ジュニアとか第二次ベビーブーマーとかロスジェネとかに共通のものなのかもしれない。
上の世代が通ってきたであろう大人になるための通過儀礼みたいなものを経ずにここまで来た、という意識。

ただ、自分はそれはバブルの一番おいしいところは味わわずにその処理だけ背負わされた世代感覚から来ているものと見ていたが、著者にはそれに加えて、どの世代であっても自分は負け組だったはずだ、という思いがあるようだ。
そして、その絶望感を抱えつつも業界人として徐々に勝ち組の側に上がってしまう中で感じる違和感は、

「人は「今より悪くなる事」と同じくらい、「今より良くなる事」に対して恐怖心を抱く生き物なんじゃないかと思う。」

という台詞に集約されている。

ただ、自分よりうまくやってると思っていた相棒だった関口に最後、業界を去るときに主人公と

「人かき分けてさ、でしゃばって、生き残ってきたと思わない?」
「ああ」
「自滅する人間のほうが、俺はどっか尊いと思ったよ」

と会話させているので、やっぱり世代感覚としての側面も強いのかな、と。
(主人公と関口は同い年という設定。)
それとも単に同じ負け組気質の同志だからこれまで一緒にやってこれたことに気付かされた、くらいの意なのか。
タイトルは「ボクたちはみんな大人になれなかった」である。

経済史としては、テレビの下請けはバブル崩壊後もしばらくは景気が良かったので、90年代半ばからの業界語りに違和感はない。
当初、主人公の勤める会社が苦境に陥ったのは、テレビ村の社会のルールのせいで、業界が斜陽になったからではない。
自分の周りでも、まだあの業界にいる友人がいるが、彼の生活が一気に傾いたのはリーマンショックのときだった。
そのあたりは物語の本質ではないから捨象されているが、著者たちがどのようにサバイブしてきたのかには興味がある。
「今」をフェイスブックが十分に拡がっている時代(主人公も彼女もユーザー)に置いているので、リーマンショックよりは後の時代の設定のはずだ。

また、メディア論としても面白い。
そもそもの始まりが、フェイスブックを覗いていたら昔の彼女が友達リスト候補にレコメンドされ、不意に友達申請をタップしてしまい後悔するところから。
フェイスブックの本質を

「マーク・ザッカバーグがボクたちに提示したのは「あの人は今」だ。」

と喝破している。

90年代初頭、初めてのデートで彼女と待ち合わせる主人公たちには、ポケベルもなく互いにWAVEの袋を目印に原宿で待ち合わせていたかと思えば、1996年には、彼女は自室のベッドから主人公のPHSに突然新幹線旅行を申し出てきたり。
(彼女の側が、コードレスホンなのか同じようなPHS携帯なのかは不明)

最後には、女優志望の女子にLINEで人生相談にのっている。

ついでに言うと、本の冒頭で出てくる宇多田ヒカルの『Automatic』の歌詞

「7回目のベルで受話器を取った君。名前を言わなくてもすぐわかってくれる。」

は、90年代末のJC/JKの恋愛事情がうかがい知れるが、メディアの使い方が現代人には理解できないことばかりである。

受話器 ← 固定電話にかけるんですね?
名前を言わなくても ← 発信者番号通知がないんですね?

本書の90年代のサブカル臭に懐かしさとともに複雑な感情が湧き上がった向きには、
渋谷直角カフェでよくかかっているJーPOPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』がおすすめ。

また、俺の青春はもっと前の世代だったからなぁ、という向きには、
橘玲80’s』がおすすめ。

全編通して、道玄坂や神泉の路地裏のニオイが記憶を呼び起こす。
そういえば私にも学生時代、渋谷の某クラブで働いていた過去もありましたっけ。
すぐクビになったし、自分でもほとんど忘れてますが。

燃え殻本

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