『アメリカン・ベースボール革命』

『アメリカン・ベースボール革命』 評論

ベン・リンドバーグ, トラビス・ソーチック『アメリカン・ベースボール革命』読了。

500ページ近い翻訳書で、なかなかにタフでした。
それでも読み終えてみて、いままでうっすらと感じていたことや、言葉しか聞いたことのなかった概念の整理ができました。
それは、「マネーボール2.0」だとか「フライボール革命」だとか、そういった単語のことですけれども。

イチローが引退会見で語っていた、昨今のトレンドについての「頭を使わなくてもできる野球」なるものについて、本書を読み進める中で、「使わなくてもできる」のではなく、「使う場所が変わった」というだけなのではないか、という思いが湧いてきましたが、それもまた、この翻訳書の最後、鳥越規央さんが解説で代弁されていました。

本書の内容は、マネーボール以降のお話です。
ビリー・ビーンのマネーボールは、セイバーマトリクスに代表されるような統計データの「読み」が主で、如何にコスパの高い選手を拾い上げるか、という点に主軸が置かれていました。
アスレチックスの台所事情という背景もあったことが、マイケル・ルイスのあの本にはありました。
ところが他球団も同様の指標を用いて選手を獲得するようになると、そんなコスパのよろしい都合の良い選手は見つけにくくなってきたのですね。

運用の世界でアルファがすぐに消失するのと同じですね。
自分も、「かつてニューヨークで伝説のファンドマネージャーと呼ばれていた」という人に会ったことがありますが、自分が会ったそのときはもう往時のオーラは無かったですね。
全盛期は、「I’m Genius!」と言っていたらしいですが。
彼にそのときの運用モデルを説明してもらったのですが、今では誰でも当たり前のようにやっている手法ですが、当時としては画期的だったんだな、というのがよく分かるものでした。
良いものは模倣され、すぐに陳腐化する、ということでしょう。

話が逸れました。
マネーボール以降の話でした。
本書にあるのは、セイバーマトリクス的なマネーボールがメジャー球界に広まった後に起きたのは、選手の発掘から選手のトレーニング・育成へと軸を移す動きだったというお話です。

昔、PCで「Mr.プロ野球」というゲームがありました。
少し後に流行った「野球道」の前身、というか正確には「Mr.プロ野球」を作った人が独立して作った会社で出したゲームが「野球道」のようですが、このゲームも育成が結構なウェイトを占めるゲームでした。
というより、もともとのポテンシャルがある選手であれば、数年育てるととんでもない選手になるのです。
選手トレードもできるのですが、その場合、あまり年齢とかポテンシャルはあまり考慮されないっぽく、その時点でのパラメーター数値の比較感での取引となるようで、私はよくファイターズのロートルを放出しては他球団の若手を獲得し育成に勤しむということをやってました。
今でも覚えているのですが、現実世界では当時まだブレイクしたかしないかくらいだったと思われるヤクルトの飯田を獲得して、数シーズン鍛えた後、トップバッターに据えたら、開幕戦の初球でホームランを放ちまして。
えぇ、その瞬間そのゲームを止めました。
「Mr.プロ野球」はそれ以降やってません。
まあ、PC-8801のゲームだし、5インチフロッピーもどこか行ってしまったので、今やりたくてももうできませんけどね。
でも、多分そのままプレイしてたら130試合(当時の1シーズン試合数)全勝したんじゃないかと思います。

で、今のメジャーリーグは、トレンドで言うとそれに向かっているのではないでしょうか。
既述の鳥越さんが改めて触れているように「三振、四球、本塁打が全打席の33.8パーセントもの割合になった」そうなので。
今年の打者大谷は、そのトレンドの完成形を見ているような感じです。
そういえば、大谷について松井のコメントはありましたが、イチローのコメントって見ないですね。

本書で大きく取り上げているのは、トレバー・バウアーという変わり者の投手の半生とアストロズのドラスティックな改革です。
具体的なトレーニングの中身だったり、既存の野球人との軋轢などは本書を読んでいただくとして、興味深いのは、近年のアストロズの動きから導き出される、今もしくは近未来の球界の姿についての著者らの見方です。

ほかから選手を獲ってくるのではなく、選手を育てるほうが効率がよく安上がりである、というところからのFA選手の年俸低下
獲得する選手も、データによる見極めによって決めることになったことからの、勘と経験に頼った伝統的なスカウトの消失
結果、育成選手も数撃ちゃ当たる式の量ではなく、定量によって選抜された選手のみとなる、というところからのマイナーリーグ球団の減少
それにより、全米各地で草野球レベルの草の根マイナーリーグの試合を観るということが難しくなったりしたら、アメリカのベースボールのカルチャーも失われるのでは、なんていう大風呂敷な危機感までは、さすがに共感・共有できませんが、翻って本邦NPB、とりわけ我がファイターズはどこまでついていけているのか、という危機感は出てきました。

本書では、日本での取り組みの事例として、楽天、ソフトバンク、DeNAが、このトレンドに沿った練習施設を用意している、という記載はあります。
おい、ファイターズ入ってないじゃん、という・・・。

確かに、千賀・甲斐は育成上がりですが・・・。
いや、確かにダルビッシュ・大谷はファイターズが育てましたが・・・。
確かに次々とコーチは入れ替わっていますが・・・。
ていうかダルは佐藤義則さんの、大谷は黒木・吉井コーチの申し子なわけで・・・。
一方で、データ屋が積極登用されているという感もないのですが・・・。
YouTubeの里崎チャンネルでは、東大卒の遠藤くんがフロントにいるから大丈夫、みたいな雑な解説が為されていましたが・・・。

ところで、データのハンドリングについて、本書では判で押したように、必要な知識として「機械学習とSQL、Rプログラミング」みたいなことを言っているのですが、どこまでわかって書いているのかはわかりません。

テレビでは筑波大の先生が、大谷のスイングと打球角度からホームラン量産の仕組みを解説していましたが、本書でも同様のことが書かれています。
つまり、それを狙ってトレーニングしていて、なおかつそれをメジャーの投手相手に実践できている、ということですね。

やはりベーブ・ルースの再来なんでしょう。
本当にファイターズで潰さないで良かった、と。

DAZN(ダゾーン)
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