齊藤寅『桐島聡 逃げる。』読了。
副題に「哀しき49年の逃亡生活」とある通り、桐島容疑者の逃亡生活を追ったルポです。
しかしながら、のっけから梯子を外されます。
49年のうち40年を報道された例の藤沢の工務店に住み込みで過ごしていた、というのですから。
全然逃亡してないじゃん。
そして本書もまた、その40年についての記述は非常に薄いのでした。
幾度となく藤沢のその工務店や、近くの飲み屋には通ってはいるものの、書いてある内容はすでに各種報道で知っていた程度のことです。
もしかしたら、それらのうちの何本かは本書の著者が書いたものだったかもしれませんけれども。
ですが、本書の価値はそんなところではありません。
そうではなく、著者が元々付き合いのあった人脈の中に、桐島容疑者に繋がる人間が複数いた、という、著者の引きの強さこそがすべてです。
この点、この事件に関する他の取材陣を寄せ付けないのではないでしょうか。
そこからとんでもないエピソードを引っ張ってきています。
もちろん、それらが実話であるなら、という但し書き付きですけれども。
桐島容疑者を含め、キーマンたちが皆死んだことでようやく話せるようになったという共通の知人を通しての情報がとにかく濃ゆい。
裏社会にも顔が広いジャーナリストというのは小説やドラマだけの世界ではないのですね…。
というわけで、本書のほとんどは事件発生後、桐島容疑者が藤沢に腰を落ち着けるまでの9年間の生活と、彼が活動家になるまでの前日譚を関係者への取材を通して書き上げたものとなります。
そこで描かれるのは、対抗文化色の強いアメリカの映画・音楽を吸収することで社会正義に目覚めた一見すると当時はどこにでも居たように見えて決してそんなことはなかったろう10代の若者の姿と、上京・進学後のホステスとの同棲生活。
それから左翼活動家と付き合うようになったことによるその同棲解消と爆破事件前後の様子。
その後、そのホステスを愛人に囲った右翼団体代表との奇妙な縁に端を発するその庇護の下での裏幹部としての生活。
元々著者はそのホステスとも右翼団体幹部とも知己があったものの、それでも桐島容疑者との関係は彼らすべてが亡くなってから判明しています。
当時を振り返ってみて、そういうことがあったのか、みたいな記述があり著者ならずともゾクッとします。
なお、巻末の桐島容疑者が残したものなのかもしれないというワープロ原稿は蛇足。
桐島容疑者は弁護士でも法曹関係者でもないし、本当に彼の手によるものかはわかりません。
著者は彼の書いたものと「信じる」そうですけれども。
あと、誰かアルフィーの面々に彼を覚えているかどうか訊ねてきてほしい。