橘玲『世界はなぜ地獄になるのか』

橘玲『世界はなぜ地獄になるのか』読了。

いわゆるキャンセルカルチャーについての解説本です。
タイトルからも分かる通り、それを称揚しているわけではありません。
もちろん自分はキャンセルカルチャーで取り上げられる類の議論の門外漢ですが、あの手の主張を見るときに息苦しくなる理由がわかったのと、また特にそれらをわかろうとしなくても良いという判断ができたので有益な一冊となりました。

小山田圭吾や会田誠がキャンセルされた「事件」やアメリカでのポリコレ案件の事例を引きながら、「世界はなぜ地獄になるのか」を解説してくれるわけですが、その後に「どうすれば地獄から天国に行けるのか」と問いを立て直しての終章の回答が良いですね。

それは「天国はすでにここにある」というものです。
近代の民主主義とテクノロジーが我々にもたらしてくれたものを考えたらすでにここは十分に天国じゃないか、と。
本書にはその結論に至るまでに、このカルチャーがどのように生まれたのか、またそれはどういう人によって起こされたのか、そしてどういう人がどういう人と戦っているのか、といったことが説明されています。
ここにある天国を感じられないとしたら、それはどういうわけか、またどういう人だからか、ということまでを淡々と書いているので、救いが無いといえば無いのですが。

モテ男性（自己肯定感高）は女性の社会進出に賛同するリベラルな「イクメン」になるが、そこから脱落した非モテ男性（自己肯定感低）はフェミニズムを脅威とみなす、だとか。
自己肯定感が低い女性は貧しくても家族があれば貧困専業主婦として幸せになれるが、高い女性はフェミニストとしてアンチフェミと衝突してしまう、とか。

橘本全般に言えることですけれども、衝突の構図を外から淡々と説明しているだけです。
でも、そこに心地よさを感じる人もあればディスられたと感じる人もあるかもしれません。
素人の我々でも十分に理解できるレベルでの解像度ですが、傷つけられたと感じてしまうとしたらそれはあなたが◯◯だからだ、みたいなところまでは言わないし、「本書では以下の３点を指摘するにとどめたい」みたいなさじ加減もうまいです。

でも、小山田・会田キャンセル事件などの解説にかなりの紙幅を割いた後に、ふつーのひとはこの問題をここまで理解するのは難しいし、その上で語るのはもっと難しいよね。専門家（活動家）が「正しい知識をもて」というのは、知らないやつは黙ってろっていうマウンティングの言い換えでしか無いじゃん。ていうかふつーのひとはこんなことに時間なんて割いていられないから、という主張がぶっこまれていて、まあ、これが著者の一番言いたいことでしょうか。

こんなにも恵まれた世の中に生きているのに、そんなことに目くじら立てるのはあなた自身に問題があるのではないですか、の言い換えのような…。

もちろんそこまでは言わないですし、言ったところでそんな言葉が相手に届かないことは百も承知なのです。
それは、ネットで暴れている人、極端な主張をする人に対しての対処法の提言の箇所でわかります。
リアルの世界での対処法と同じくそれは、絡まれないこと、無視すること、ブロックすること。
どのみち聞く耳なんて持ってないんだから議論なんて無駄、というのは悲しいですが事実でしょう。

この部分を読んで思い出したのは橘さん自身がそうだよなぁ、と。
昔、橘さんのブログをよく読んでいたのですが、ブログのコメント欄が荒れていても一切お構いなしなのですね。
というか、どんなものであれ彼自身がコメントに回答することもない。
もしかしたらあまりにも酷いものについてはさっさと削除していたのかもしれませんが、それにしても結構な誹謗中傷や明後日の方向を向いた主張などについても放置されていたような印象。

当たり前の話ですが、彼自身のブログである以上、彼自身が反応しなければそれ以上の炎上も何も起こり得ないわけで、あれはあれで素晴らしい対処法だと感じた次第。
現在の橘さんのＸ（旧ツイッター）の運用についてはあまりよく存じ上げませんが、ブロック・ミュートを適宜利用しているのかなと思います。

そんな本書を読み終えた私は、せいぜいこのブログで適度に物を書きながら、ひっそりと生きていこうと思うのでした。
本年もよろしくお願いいたします。