目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』読了。
著者は「M銀行に勤務する現役行員」とのことで、メガバンクでイニシャルMという時点ではすべてのメガが該当しているはずなのに、なぜか読み始めるとすぐにどこのことかわかってしまうという…。
ATMトラブルの解決に奔走したエピソードが書かれた第一章の時点で、もとよりそれを隠す気も無い様子が伺えます。
ええ。定年間際の旧富士銀行出身のみずほマンによる銀行員としての半生を振り返った書です。
バブル崩壊の間際に新卒で入行し30余年。
そろそろサラリーマン人生の終わりが見えてきたし、ここらで思いの丈をぶちまけてみようか、といったところ。
傍から見れば、この失われた30年をただひたすらポンコツ都銀ですり減らした人生です。
本人もそれを自覚していて、でも、だからといって過度に自虐的になることもなく、印象深かった上司や顧客とのエピソードをトピック的に振り返っていきます。
それらをまとめて一言で言うなら、「理不尽なことはたくさんあったが、オレは恥ずかしいことはしてこなかったぞ」というもの。
大体時系列に添っての記述ですが、当初から、というよりも「統合」前から、「みずほ」というのは酷かったのだな、と再確認できます。
読み終えての第一感は、つくづく銀行に就職しなくてよかった、ということ。
自分は就職活動時に銀行は一つもまわらなかったので、こういう感想を持つのもおかしな話なのですが、金融業界には進んだ身としてはそう感じてしまいます。
それに、自分が就職した運用会社は銀行と生保のJVだったこともあり、社内には元銀行員や銀行からの出向者もそれなりにいて、終わってるなぁ、なんて思った経験は幾度となくありました。
でも実は、銀行本体はもっと終わっていたのですね。
ええ、始まる前から終わってた、という話で。
パワハラの塊のような支店長の仕打ちについても淡々と記述されているのですが、さすがにああいうのは今はないと信じたいです。
自分らが、こういう「指導」を受けてきた最後の世代なのでしょう。
自分は、就職した会社で、銀行から出向してきた役員に会議で口答えしたことにより、後々までその役員に嫌味を言われ続けましたが、今から振り返ると嫌味程度で済んだのは銀行本体では無かったからなのでしょうね。
会議の場で反抗されるとは思ってなかったのか面食らった表情で、それ以上は無視するしか無い、みたいな反応が面白かったです。
その後は会議どころか廊下ですれ違っても目を逸らされたし。
「器www」と冷ややかに目線を送ってあげていたのですが。
後に聞いた話によると、その役員はバブル時に尾上縫のところに日参していた興○マンとのことで、あの事件を期に出世ルートから外されたのでしょう。
そんなこんなで当時は私が勤めていた会社のお飾り役員として出向してきていたのでした。
お飾りとは言え役員なので、周りの人間からちやほやされるのが当然だと思っていたのに、自分のような若手に文句を言われ、相当に腹が立ったのでしょうね。
かなり根に持っていたようで、上司を含め方々から後々まで「ま~た、○○さんがお前の悪口言ってたぞぉ。」なんて茶化されたりしました。
まあ、だからといって左遷させられたとかいうことはないです。
もとよりそんなお飾り役員に人事権は無かったのでしょうし、JVの人事というのはあれはあれでブラックボックスですが一応は運用会社です。
数字が残っている限りにおいては排除されないのが運用の世界で、自分のような人間には居心地の良い世界でした。
どこの銀行も本書のような評価体系なのかは知りませんが、支店長による恣意的評価が絶対で、バツがつくとよほどのことがないとそのバツは取れず出世も出来ない、みたいな世界は息苦しいですね。
自分の子どもにはとてもではないが勧められない業界だな、ということを再確認できる一冊。