映画『パーマネント野ばら』

映画『パーマネント野ばら』 評論

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映画『パーマネント野ばら』視聴。
原作未読です。
全編通して狂気で、これがサイバラ節なのか、と感嘆。
美容室でも美容院でもヘアサロンとかでもなく、「パーマネント」なのですね。
それだけで世界観を持っていかれる感じはあります。

狭い漁村ならではの狂気と閉鎖性が支配している空間で、自分たちだけはまともだと信じている主人公(菅野美穂)を中心に物語は進みます。

作品を通して、唯一狂っていなさそうだった主人公とその交際相手(江口洋介)でしたが、最後にどんでん返しを喰らいました。
そういうことか、と。

主人公の病が、離婚を契機にしたものなのか、それとも病が元で離婚に至ったのかまでは描かれませんが、最後に彼女の友人(小池栄子)から、彼女の所在を告げられた主人公の母(夏木マリ)の表情からすると、その症状については把握しているのでしょうね。
というか、町の人々みんながそれを知りつつ暖かく見守っているという構図が最後に明かされた、と理解するべきでしょうか。

そう捉えると、「パーマネント野ばら」に屯するおばちゃんたちも、主人公のどうしようもない友人たちも、単に皆狂気を抱えているというだけではない、愛すべき人たちなのだと感じられ、この反転に唸らされます。

とはいえ、おばちゃんたちは「ちんこ」の話しかしないし、友人たちは男にたかられているだし、あげく一人は薬物中毒で死ぬし、これでもかというくらいの底辺の狂気。

エンドロールで高知県宿毛市が舞台だということを知りました。

どうやら西原理恵子さんの出身地ということですが、だからこそいくらその狂気と閉鎖性を描いても文句が出ない、というのはありそうです。
まあ、かなりのレベルで妄想作品ですけれども。

村上春樹の「ドライブ・マイ・カー」でも抗議を受けて町名を変更することになった、なんていう話がありましたよね。
その抗議の是非はともかく、作品の中での話とはいえ、そこの出身者が言うのとよそ者が言うのとでは当事者の受け止め方は違うということなのでしょう。

本作では、登場するすべての人がどこかしら狂っている様をずっと見せられた中盤に、主人公に「まともな人間は街を出ていってしまう。いるのは残り滓ばかり。」というセリフを吐かせています。
これも実際には、「出ていった西原さん、あなたがまともでなかったんじゃ?」というツッコミが成立しうるので、許される表現なのかな、と。

それを踏まえて、作品として楽しんでみると、狂気ぶりでは本田博太郎さんが際立っています。
引き起こす事件はストーリー全体とは何ら整合性はないのですが。

あと、DVに苦しめられる役では池脇千鶴の右に出る者はいなさそうなレベルでのはまり役。
きみはいい子』で見せたような、過去のDVを克服した役もできますが、ずっぽりはまり込んでいる役も似合いますね。

U-NEXTでも観られます。

西原理恵子作品

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