NHKスペシャル取材班『ロストフの14秒』読了。
著者名からも分かる通り、Nスペを書き起こしたものですね。
プロデューサーの方の考察は多少ありますが、基本的には当事者たちの証言をもとにあの試合を振り返っています。
逆に、いわゆる戦術家・評論家の方々を一切排しているのが新鮮です。
強いて言うなら、ザッケローニさんやオシムさんの言葉は解説ではあるものの、ありがたいことに日本の選手というかベンチというか、当事者の目線になってしまっていますね。
選手へのインタビューが多いので、心理面の描写が多いです。
たった14秒の出来事なので、局面を切り取るなら戦術面といってもそこまで深くは掘れない、ということはあるのでしょうけれども。
それでも構造的な問題というのはいくらでも抜き出せるし、だからこそ教訓として次に向かうことも出来る、というのも事実。
そしてこの教訓を糧に、たしかに日本代表はカタールでの今大会で一歩、いや半歩前進したかな、というのがわかります。
もちろん、そこでまた課題は見つかったわけですけれども。
傍から見ていて、なぜ90分の終わり間近にあんなリスクのあるセットプレイをしたんだ、というのはありました。
でも、中の選手たちからすると、体力的にはもういっぱいいっぱいで、あそこで決められるなら決めないと延長まで行ったらヤバかった、というのが各面々の言葉からもひしひしと伝わります。
西野さんも、最近の森保さんとの対談で、あの試合の後に長友から、延長まで行ってたら体が保たなかっただろうことを仄めかされたと言っていました。
ワールドカップの試合での心身の消耗というのは想像を絶するもので、だからこそ、今回の森保ジャパンは、ふんだんに選手交代を行うことを旨とし、さらに、選手交代をすることで戦術そのものを入れ替える、という方針になったのでしょう。
確か木崎伸也さんの論考だったと思いますが、今大会から90分で5人まで選手交代が可能になったことを、最も有効に活用できたのは日本代表だろうという声があがるのも頷けます。
それでも決勝に残ったのは、エムバペのチームとメッシのチーム。
それがサッカーなんだなぁ、と。
とはいえ、クロアチア戦に関しては、延長の後半あたりになると、フレッシュな選手をつぎ込んだ日本のほうが、クロアチアよりも疲れが見えるようになったりもしていました。
このあたり、単に人を入れ替えれば良いというものでもなく、戦い方、スタミナの配分などに、まだ考える余地があるということなのでしょう。
話をロストフに戻すと、あのベルギー戦で疲労が顕著に見られたのは、メンツ的に総じて年齢が高かったこともあります。
前任のハリルホジッチの解任を受けて、そもそも準備期間の短いチームとなったため、経験値の高い「おっさんジャパン」だったところに、そもそもの原因の一つがある、と。
また、具体的な名前は挙げていないものの、選手によっては、グループステージでのポーランド戦で、負け試合にも関わらず消極的な戦いをしたことで、このベルギー戦に関しては、積極的に戦うことを志向していて、そういったところでも選手たちの間で方向性のズレがあったと言います。
ただこれは、ベンチの側で大きな絵を見せることで避けられたことでもあるのですよね。
そしてそれが出来なかったと、率直に西野さんの口からも語られています。
2-0になったときに、キャプテンの長谷部が残り時間をどう進めていけば良いかを聞きに来たが、「これでいいんだ。」でケツを叩いて押し返してしまった、と。
コーチだった森保さんも、あのとき植田を入れて5バックにする提言が出来ていたらと悔やんでいるという話もありましたが、提言しても当時の西野さんが受け入れたかどうかはわからないですし、あの場でいきなりそれまでやったこともないフォーメーションにしても、崩れる可能性もあったのでは、と。
思い出されるのは、レベルは異なりますが、加茂ジャパンのときのワールドカップ予選、国立での韓国戦で、ロペスに代えて秋田を入れて押し切ろうとしたけど大失敗になったアレです。
急にやってもいないことをやって出来るものでもありません。
で、ここで疑問です。
今大会のドイツ戦後半からの急造5バックは、仕込みがあったのでしょうか、それともぶっつけだったのでしょうか、と。
あれがうまくいったのは、予めの仕込みがあったからなのか、それとも選手たちのレベルが高かったからなのか。
でも、個対個ではめに行ったら勝てちゃった、というわけで、ロシア大会の後に、皆が口にしていた「一人ひとりが個の力を高めていかないと」というところは、クリアしていたということですね。
スペイン戦でも、相手がサイドをフレッシュにしてきたタイミングでの冨安投入というのは、ベルギー戦のことを覚えていた森保さんならではの采配ですし、それに十二分に応えられたのも冨安の個の力です。
冨安に至っては試合翌日だったか「20分くらいプレイできたので、良いコンディション調整になった。」とか言ってましたからね。
あのロストフでの試合の後のインタビューでは、半ば呆然とした西野さんが「何が足りないんですかねぇ」と呟いたのが印象的でした。
でも、足りなかったものは、一つずつクリアしていると思います。
こうやって一歩一歩、サッカー界のナショナルヒストリーが刻まれていくんだなぁ、と。
今回は、コスタリカ戦ではフリーキッカー不足、クロアチア戦ではPK戦への臨み方、という課題が提示されました。
まあ、どちらも反動だという感じもありますが。
まず前者について。
昔「日本は流れの中で点を取れない。」という言い方で、暗にセットプレイで点を取れる人材をディスる言説がありました。
その結果、フリーキックをやりたがる子らが減ったというのはあるのかなという気がします。
また、後者については、巷ではJリーグでも代表の親善試合でもPK戦を導入したらどうか、なんていう声もありますね。
実はJリーグでも最初は、川淵さんの一声で延長VゴールとPK戦が導入されていたのですが、それが忘れられているのでしょうか。
当時は、Jリーグの必ず決着をつけるやり方が、ドーハの悲劇につながったという意見がありましたよね。
試合のクローズの仕方を知らない日本、という言説でした。
ドーハでのイラク戦で、誰もいないところにクロスを上げまくる武田修宏がよく批判されていました。
課題を一つ一つこなしながら、時には反動もありつつ、着実のレベルを上げていくしかないのでしょう。
でも、どうやったらエムバペ・メッシが生まれ、育つのか、についてはわかりません…。