常井健一『おもちゃ 河井案里との対話』読了。
常井さんの新刊が出たので手にとってみました。
『地方選』以来です。
よく取り上げたな、というか、よく取材できたな、という感がありましたが、本書を読むとわかるとおり、逮捕されるはるか前から、彼女に食い込んでいたのですね。
別にこういう顛末になることを見越して取材を続けていた、というわけではないでしょうが、何か興味を惹かれる、引っかかるものがあったのかもしれません。
それにしても、彼女が次第に厳しい状況に追い込まれていくなかでも取材を続けることができていて、本書の中で、彼女の口から「常井先生だから取材を受けた」という言葉があるように、いつの間にか相手の懐に入り込んでしまうノンフィクションライターとしての魅力が本作でも遺憾なく発揮されています。
時折現れる彼自身の少し左寄りの政治思想については共感できない部分もあるのですが、それを補って余りある丁寧な取材というか掘り下げ方というか。
彼の本を読んだことがあるならば、取材対象の人が彼になら話してもいいかな、と思ってしまうだろうことは頷けます。
そうして出来上がった本書でも、逮捕につながった件の参院選については、全12の章立てのうち6番目の章からです。
それまでの章では、彼女の生い立ちや県議となるまでの経歴だけでなく、その両親、また旦那である河井克行氏とその両親について紙幅を割いています。
そこで明らかになるのは、克行氏の異常性だったり、それを育てた母親の異常性だったり。
結局、田舎町の議会選挙みたいな額の現金のやり取りで最後お縄になってしまったわけですが、そうでもしないと協力を得られないというのも、なんというか元々普通の人間関係が作れない人だったんじゃないかな、という感想を持ちます。
自身の地元で立候補したのに、かつて自宅のあった町内会から選挙の協力を断られるって、相当なご家庭ですよね。
一方の彼女自身はと言うと、地方の裕福な家庭で育った勉強のできる女の子。
慶応SFCの草創期の学生で、結局院まで行ってしまい就職にも苦労し。
当時は、「意識高い系」という言葉なんてなかったですが、そういう類のお嬢さんでしょう。
雇う側としたら使いづらいSFC出身のロスジェネ女子ではあったものの、コネを使ったとはいえ公務員的な仕事に就けたのですから恵まれていた方だろうと思います。
彼女が県議になった経緯や、参院に立候補した理由などは十分に理解できました。
それは別に彼女の気持ちがわかるとか理解できるとかいうことではまったくなく、単に彼女の意思とは関係のないところでの力学で説明できてしまうというところがまた悲しいのですが。
宏池会と克行氏の関係しかり、地方組織と党中央との関係しかり。
本書のタイトルの『おもちゃ』というのも、彼女自身の言った「権力闘争のおもちゃにされた」という言葉からです。
この語からも分かるように、罪人となっても当事者感覚が無く、そこには著者も疑問を呈していますが、本人としては本当にそういう感覚なのでしょう。
諸々の力学の中で、旦那の政治生命を一番に考えた結果、自分としてはこれしかなかったのだ、というある種の諦念。
自分の選択というよりは、そういう道が敷かれていたのでそれに乗っただけ、という意識。
彼女は夫の政治生命だけを考えて行動していて、そういう意味では選挙民と向き合うのが仕事だと考えるような政治家ではなかったのですね。
とはいえ、本書を読んでも見えてこないのは、そもそも彼女が20代の後半に政治家の妻になることを選んだ経緯です。
河井克行を伴侶に選ぶ必然性がまったく見えてこない。
特に地盤・看板・鞄があるわけでもなく、直近の選挙で落選していて浪人中の男をあえて選んだ理由がよくわからない。
それが愛なのです、みたいにごまかすことはできるでしょうけれども、そんな感じもうかがえない。
で、これは常井さんの取材不足というよりは、彼女自身もよくわかっていないところもあるのかな、と。
彼女にダメンズ好きっぽさは見え隠れしますけれども。
彼女の母が、克行氏の母に「小渕(恵三)さんのところからも縁談が来ていた」などと漏らされるほどに、彼女は嫁としても大事にされていなかったわけで、なんでそんな結婚をしたのか、と。
「克行と結婚しなければ、犯罪者にならなかった」だろうと政界関係者が口を揃えて言ったというのも、そういう歯がゆさは傍からも見えたのでしょう。
彼女の友人や家族がそう言うのならわかりますが、政界関係者が口々にそう言ったというのですから。
挙げ句、旦那に自身の歳費まで充てにされるとか、旦那の外遊に自分の預金を使われるとか、自分の通帳も自分では触れないとか、金銭的DVみたいなことになってましたが、物理的DVと同じく相互依存が出来上がっちゃってるんでしょうね。
なぜ「政治家の妻」になったのかは、いくら読んでもわからないものの、なってからのことは「政治家としての夫を支える自分」がアイデンティティになっていたことは伺えるという。
とはいえ、夫を支えるためだけに、県議になったり参院選に立候補したり、とどこか迷走気味だった人生は、有罪となったことで小休止。
もう一度政治家を目指してほしい、などとはまったく思いませんが、夫とは関係のないどこかのシンクタンクなどで活躍されることを祈念します。
大樹総研の研究員あたりではどうでしょうか。
前科ありの政治家崩れの人、抱えてますよね?
なお、克行氏の素行については、いろいろな人がいろいろなことを言うので、ここでそれらの逐一を取り上げることはしません。
ただ、秘書の定着がよろしくないこと、それから裁判では自分の事務所の複数の人間の証言で有罪に持ち込まれていることあたりでお察し案件かと。