真山仁『ロッキード』

真山仁『ロッキード』 評論

真山仁ロッキード』読了。

作家真山仁さんの初のノンフィクションという触れ込み。
最近よく見るロッキードものに一つ追加されただけじゃないか、的なレビューもありましたが、そもそも、本書の契機となった文春での連載が2016年開始なので、逆に本連載がその後の出版ブームの火を点けたということになるのでは、という気がします。
実際、連載を続ける中で読者の方から集まってきた情報をさらに深堀りしたり、また、その間に発表された本の内容を既存の出版物と突合させたりと、なかなかに重層的です。
そこが、人によっては「孫引きのパッチワーク」という感想にもなるのですね。
当事者がすべて亡くなっているというほど歴史化されたわけでもなく、皆存命で当人が望む限りは口を開くことができるほどには同時代的というわけでもない事象を扱うことの難しさ、というのはあったのでしょう。
600ページ近い大著となっていますが、当初に感じる違和感を終盤で回収していくスタイルは、なんというかやっぱり作家の真骨頂なのでは、と。
それでも、著者が子供の頃にこの事件で感じたという世論・マスコミの作る空気への違和感が、ここまでの本になるという様を見ると、やはり作家になるべくしてなった人なんじゃないかという気がします。

この事件を、日本での枠組みで捉える際、もちろん始まりは常にアメリカの議会での公聴会でのボーイングのコーチャン副会長の証言です。
本書でもその報を受けた記者さんの追憶から始まります。
ボーイングの副会長が「児玉誉士夫を通じて日本の政治家に21億円を配った」と発言した。
そこから始まる以上、どうしても児玉に渡った21億円がどのように日本の政界にばらまかれたのか、という観点に終始してしまいます。
(逆に言うとそうである以上、本来は角栄もトライスターも事件としては脇役)
なにせ、NHKスペシャル取材班による著書のタイトルも『消えた21億円を追え ロッキード事件 40年目のスクープ』ですからね。
ですが、本書としてはそこから疑っているのが面白いです。
そもそも21億円は児玉に渡っていたのですか?と。

そこには、アメリカ側の背景があります。
1972年4月、大統領選の前に、アメリカでは政治資金法が改正され、アメリカ企業はアメリカ国内の政治家に対して、企業献金をすることができなくなりました。
ロッキード社は恩のあるニクソン陣営から資金供出を求められていたものの、この時を境に「政治資金」としてはそれには応えられなくなったということです。
しかし、その法律には、アメリカ企業の外国でのふるまいについては、まったく制約がありません。
海外でどんな手を使ってその国の政治家を抱き込み、自分たちのビジネスを展開しようともお咎めはないわけです。
それが賄賂であるとか、倫理的に問題があるとか、そういうことも関係ありません。
つまり、『海外の要人に賄賂を渡した」という体にすれば、決算上はOK。
なので、ボーイング社は、児玉誉士夫を通じ日本の要人に資金が渡ったという形にして、ニクソンからの資金供出の要求に応えたのではないか、と。
実際、ノースロップ社は欧州を舞台に、同じようにニクソン再選のための政治資金を捻出していた、と。
(ノースロップ社は、ボーイングの真似をしただけだ、と言っている。)
というわけで、名前の上がった児玉誉士夫も、「受け取ったことにして欲しい」とロッキード社に頼まれた性質のもので、実際にはその金は日本に来てないんじゃないの?というわけです。

いやー、それが本当だとすると、アメリカの大統領選の資金繰りに関連して、日本の元総理が逮捕ですか、と悲しくもなりますが、それはそれ。
まあ、もちろんまったく来てない、というのは言い過ぎで、実際イタリアでは、元国防相の議員が公民権の剥奪を伴う刑を受けたり、それに絡んだと思われる殺人事件なども起きていた模様です。
ただ、少なくとも角栄自身は、自分が外国の金を受け取るわけはないとしていましたし、その角栄の逮捕に至るまでには、いろいろなボタンの掛け違いや、様々な登場人物の思惑が渦巻いていて。
それでも著者が紙幅をとったのは「世論」です。
そういうと政治的に過ぎるならば時代の空気感とでも言いましょうか。
日本列島改造論・狂乱物価・オイルショックを経ての国民の疲弊感。
今にも重なるのですが。
それが、もともと角栄を敵視していた検察の後押しにもなり、クリーン三木の策謀の一つにもなり。
倉山満氏などは、「三木の逆指揮権発動」と言ったりして笑わせていますが。
キッシンジャーは、元総理の名を出せば、政府自民党は一丸となって隠蔽に走ってくれるだろうと見込んだところ、あろうことか三木政権は逆に田中を追い込み逮捕してしまった、と。
このあたりのすれ違いの記述も含め、まあ、日本は属国だよね、と。
それでも、本書を読み終えると、さすがに角さんは冤罪じゃね?という気にはさせてくれます。

また、児玉誉士夫という存在は、闇・アンタッチャブルな存在として黒幕っぽさを演出しますが、こと本事件に関して言うと、児玉の通訳をつとめた福田太郎という存在にフォーカス。
真山さんにはこの福田太郎を主人公にした小説を書いてほしいなー、なんて思います。
その前半生は、満州を舞台にしたスパイ活劇間違いなしですよ。

真山仁本

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