中藤玲『安いニッポン』読了。
日経本紙の連載をまとめたもので、著者も日経の記者さんですね。
社会部の所属ということで、特に経済・金融面の深堀りをするというよりは、ひたすら数字を並べて章を進め、分析については、学者・エコノミスト・企業経営者へのインタビューに任せるという形。
新書というのは、これくらいのノリでいいんじゃないかな、という気がしました。
もちろん、本文内の著者のコメントと各インタビュー記事の内容とに齟齬が出ていたりするところは散見されますが、それもまた今の日本の置かれた状況の混沌さ、複雑さの現れで、処方箋もまた一筋縄では行かなそうだということがわかってしまうという。
その意味では非常に暗い本ではあります。
それでも、結果としての「安さ」を分解していくことで、なんとなく原因と対策の方向性も見えてきたような気もします。
実現可能性はともかく。
まず、日本と海外の消費者物価を分析すると、モノよりサービスがより顕著に安いですよ、と。
そして、サービス産業の安さは人件費の安さですよ、と。
となるとそれを是正するには賃上げが必要なんですね、と。
それゆえの安倍さんの賃上げ要請だったのでしょうが、コロナで挫折してしまいましたね、と。
でも、こういった人工的な働きかけがない場合、何が人件費の差を生んでいるのでしょうか。
以前に『年収は「住むところ」で決まる』という本を読みましたが、内容は帯や見出しに書いてある以上のものではなく、「《浮かぶ都市》の高卒者は、《沈む都市》の大卒者より給料が高い」というものでした。
サンフランシスコの美容師の年収はデトロイトの1.4倍だ、とかそういうデータが並びます。
前者はIT産業などを中心に今栄えている都市、後者はラストベルトでおなじみの衰退した自動車産業の都市ですね。
あの本はアメリカ国内でのデータをまとめたものでした。
それをグローバル比較、というか日本と他の国とで比較した結果が「安いニッポン」だった、ということなのでしょう。
つまるところ、日本国内の各都市に売りにできる産業がなければ、そこに住むサービス産業従事者の年収も上がらない、と。
そうなると、首相が経済団体に賃上げ要請をして一律に賃上げを図ってもらおうというのは、少し道筋が違うのでしょうね。
じゃあ、売りになる産業ってなんだよ、という話になるわけですが。
もちろん日本にはGAFAはありません。
それでもIT人材がほしい企業はあります。
AIとかScikit-learnとかいう文字が本書でも出てきますが、取り上げられているのは旧来の賃金体系から外れる採用ができないため、優秀なインド人技術者を逃し続ける日本企業の事例だったり、割とまあトホホな感がありますね。
優秀な人材が、それに見合うだけの対価を支払えないがために、引き抜きの草刈場になったり、そもそもそういった人材を採用できないとかいう事例が書かれています。
そういう事態が続いた結果、競争力のある商品を提供することが出来なくなり、次第に沈んでいく日本企業。
結果として国全体で所得が伸び悩みデフレが続くというこの負のスパイラル感。
ヘビーこの上ないですね。
まあ、でもここまで安くなったニッポンならば、GAFAは無理としても、特に製造業とかで国内回帰の動きがあっても良さそうですが、あんまり聞かないのは、収益が為替に振られるとか貿易摩擦になるとか、あとはそもそも人が集まらないとか、色々あるのでしょう。
カーボンニュートラルという話も出てきているので、うっかり国内で工場を建てたら負け、という意識も経営者の頭にはあるかもしれませんが。
豊田章男社長のように、一国の経済の行く末、末端の労働者のことまで考えて経営をする人ばかりではありませんからね。
でも、まわりの工場とか見ても、働いているのは外人さんばかりなんですよねー。
それでメイド・イン・ジャパンとかよく言えるよなー、なんて思いますが、それはそれとして、工場を建てても日本人労働者が集まらないとしたら、それはどうしてなのか。
そのあたりも考えてみないといけませんね。
雇用体系の話だとか教育の話だとか、いろいろありそうですが。
それでも製造業を呼び戻す、というのは、少なくとも「おもてなしだ!」「IRだ!」とインバウンドに全振りするよりは確度は高い話だと思うので。
ちなみに本書で一番驚いたのは、インバウンド需要を当て込んでホテルの建設ラッシュが続いた京都では、コロナ前からもう宿泊費の価格破壊が起きていたということでした。
コメント
[…] 中藤玲『安いニッポン』中藤玲『安いニッポン』読了。日経本紙の連載をまとめたもので、著者も日経の記者さんですね。社会部の所属ということで、特に経済・金融面の深堀りをする […]