おおたとしまさ『勇者たちの中学受験』

おおたとしまさ『勇者たちの中学受験』 評論

おおたとしまさ勇者たちの中学受験』読了。

X(ツイッター)のTLで流れてきたので手に取ってみました。
うちはすでに子どもには中学受験をさせないという判断を下しております。
なので、中学受験の本なんて読む必要は無いといえば無いのですが、逆に言うと、関係ないと割り切れるので気軽に手を出せた、というところはあります。
結構ヘビーなエピソードもありましたが、身につまされることもなく読み切ることができました。

それにしても、夫婦それぞれの受験と向き合う態度の違いで離婚にまで発展するというのも恐ろしい話。
無論、どこかに破綻の芽はあって、子どもの受験を機にそれが露わになっただけということなのでしょうけれども。

ノンフィクションのようでもあり小説のようでもあり、の体裁ですが、著者が実際にインタビューをした3人のケースを、個人が特定されないように小説形式に仕上げた、という作品とのことです。
ちなみにいずれも(元)受験生の母親がインタビュー対象だったように見えます。
副題も「わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき」となっているのはそういう理由でしょう。
つまり、当たり前ですが親の側の物語なのですよね。
幼稚園や小学校のお受験同様、中学受験も親が主体となる試験なのだと再認識させられます。

また、学校名や塾名が実名なのですが、よく知らない校名もあり、やはり特殊な世界だと感じます。
強いて言えば、学生時代に予備校講師のバイトをしていたとき、面倒を見ていた生徒たちが通っていた学校として、見知ったものが何校かあるな、という程度です。
学部時代の同期の出身校としては聞いた名が少なく、裏を返すとここまで熾烈な中学受験を経て入学する子が多い学校であっても、大学受験で結果を残すレベルに到達するのは大変だということでしょう。

解説編では、そんな二番手三番手の進学校の教員の苦悩なども書かれています。
受験に失敗した生徒の受け皿となっているその学校では、彼らの入学後はまず自己肯定感を回復することから始めるとか。
その他にも優秀な見込みのある受験生について塾が費用を持ち、灘中まで受験に赴く「灘ツアー」という制度について触れるなど、受験産業の歪んだ一面への記述も見られ、一方的な中学受験礼賛本ではありません。

とはいえ、こうした中学受験とそれを取り巻く受験産業を俯瞰しながらも、著者の見解としては、だから中学受験は無意味だ、というものでは当然ありません。
実際に受験をする子どもらの努力する姿勢に焦点を当て、奥の細道を引きながら、受験のその過程にこそ意味がある、というきれいな物言いとなっています。

ただ、それにしては勝っても負けても失うものが多そうだなぁ、というのが傍から見た人間の感想です。

無論、こういった決してきれいではない業界構造と参加者の無垢な努力の対比みたいなものは、甲子園出場の常連校とそれを目指す球児など、ありふれた話ではあります。
プロになれなかったどころか肘を壊して退部・退学に追い込まれた球児だとかの事例はいくらでもあるでしょう。
それらを挙げて良い悪いを言っても仕方ありませんし、そもそも我々は夏にエアコンの効いた部屋にいながら、炎天下で白球を追う球児を見て楽しんでいる時点で共犯者…。

それに今日日小学校に通う子どもを放任しておいたところで、草野球・草サッカーすらせずゲームをしているだけ。
ゲームだってeSportsの大会に出るとかいうレベルにまで極めるならやりがいもあるでしょうが、無論大抵はそんな話ではありません。

それだったら塾にでも通わせておくか、のノリで受験産業に入っていくケースも多々あるでしょう。
けれども、そこから「お宅のお子さんは見込みがあります。今から頑張れば御三家も目指せますよ。」みたいな教室長の悪魔の囁きからの課金ゲーム落ちはすぐそこです。
親の見栄・虚栄心が容易に換金され回収されていく構造…。怖い怖い。
プロ野球選手やJリーガーを目指すのとはそのハードルが違います。

本書は実際のインタビューをもとにしたものなので、モデルへの配慮から(というより、インタビューを受けた側が積極的に財務的なことを話さなかったせいだとは思いますが、)作品中に課金額についての悩みは出てきません。
でも、タワマン文学でもお約束の中学受験にハマっていく家族が描かれる際、そのリアリティを産んでいるのは、積み上がってくるSAPIXへのお布施についての描写ですからね。

本書ではその部分が無いのにもかかわらず、というかそれゆえにもっと純粋に、子どもも親も受験を通して歪んでいく様が描かれています。
それでもなぜか結論としては受験に挑戦した我が子は偉い、みたいなところに落ち着いていて、なんとも違和感はあります。
無論、そういう例を選んだということはあるでしょう。

また、こういうことを言うのは悪意が入ってしまいますが、著者の経歴が、過剰に中学受験に意味を持たせたがっているようなところはあると思います。

「麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。」

まあ、それは横においておくとしても、意味のないことにトライしたとは、誰も思いたくはないものです。
ですから、それを経た人間に無意味だったかどうかを聞くのは、あまり意味がないのでしょう。

昔、中学受験生を追ったテレビ番組で、桜蔭に受かった女の子に将来何になりたいか、という質問をしているのを見たのですが、通っているその塾の講師になりたい、という返答で、なんというか視野が狭いなぁ、と。
仕方ないですが。
でも、人生で初めて出会った生気のある大人というのが塾講師だったというのは、ありえるものです。

果たしてその子はSAPIXの講師の給料を知っているのかな?なんて思いましたけど。

かく言う自分も非常に視野が狭く、子どもの頃にたまたまテレビで見た代ゼミの金ピカ先生の日々の生活を見て、将来は予備校講師になろう、とか思っていたのでした。
学生時代のバイトでそれは達成したわけですが、その頃にはもうそんなバブル的な要素は業界から霧散していました。
バブル時代にいかに羽振りが良かったか、みたいなことは先輩講師からよく聞かされましたが。
彼らは彼らで、時代が良かったがために、学生時代に片手間に始めた予備校講師業でとんでもなく稼げてしまったことで道を外したとも言え、それはそれで不幸だったのかもしれません。
すでに少子高齢化で先はないぞ、という意識が頭にあった自分などは、バイト収入額が周りの学生と比べても多少多かったという現実を前にしても、さすがにそれを一生の仕事にするわけにはいかないと早々に足を洗えたわけですから。

話がズレました。
子どもの中学受験の話でした。

実際に受験するのは子どもなので、本書に限らず親の目を通した物語で描けるものというのも限界はあるでしょう。
それでも子どもは親の価値観で戦わされている。
けれども勝っても負けても、その結果を引き受けるのは本人。
自分が中学受験に感じる違和感はそこなのだと再確認しました。

まあ、親目線で見るなら、たとえ子どもが中学受験に成功したとしても「うちは本人が中学受験をしたいと言い出したんです!」みたいな恥ずかしいことを言う大人にはなりたくないものですね。

勇者たちの中学受験 わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき [ おおたとしまさ ]


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