谷頭和希『ブックオフから考える』

谷頭和希『ブックオフから考える』 評論

谷頭和希ブックオフから考える』読了。

副題は「「なんとなく」から生まれた文化のインフラ」というもので、ブックオフ礼賛本です。
ブックオフをインフラとして捉える見方は、なるほどと思いましたが、そこまで大仰にするというか軸を立てるような見方をする必要なんてあるかなぁ、というのが事前の感想。

でもこの背景には、これまで出版界を中心にブックオフについて否定的な見方をするのが主流だったという事情があったのですね。
無論、出版界とは無縁の場所に生きてきた自分としては、そこまでブックオフが嫌われた存在だったとは知りませんでした。
でもその界隈では、触れることすら許されないものだった、というのですから自分が知らないのも道理です。

著者はそれらも含めて最初にブックオフをめぐる語り(あるいは語られなかったもの)について整理しています。
できた当初はそのビジネスモデルについてビジネス誌を中心に称賛されたこと、その後出版界の敵として否定的な論調が増えたこと、特に業界ではブックオフについては取り上げることすら憚られる存在だったこと、ここ数年でユーザー側からの視点で評価する語りが出てきたこと、といった流れです。

出版界からの見方として小田光雄さんの書物が取り上げられています。
自分はその本を読んだことはありませんが、本書の著者の解釈が正しいなら、小田さんの言っていることは単なるブックオフ批判というよりは現在の本流通の仕組み、出版業界の問題点についての議論のようです。
出版業界の問題点については、橘玲さんが『80’s』などで80年代以降、まさに出版社側・ライターの立場で身をもって体験してきたことを度々書いているので、なんとなくは知っています。

著者は、あくまでもそれらは出版する側の論理だよね、としてカッコで括った上で、自らも含めたユーザー側の視点ではどうだったのか、ということでブックオフで育ってきたというtofubeatsあいみょん、といったアーティストや若い世代の作家・ライターの事例を紹介します。

90年代以降、本屋が次々と姿を消し、そういった「文化」にふれる経験が格段に減った郊外民・地方民にとっては、ブックオフというのはそれを埋めて余りある存在だったことがわかります。
ロスジェネの自分らは消えていく本屋を目の当たりにしてきましたが、それ以降の世代にとってはそもそも最初から本屋はなかったのでしょう。
その代わりに、ゲオやブックオフで「文化」と接してきたというわけです。

その流れで終盤には、それならブックオフというのは文化のインフラとして機能してきたのではないか、というところまで論を進めます。
比較対象として文教堂・丸善ジュンク堂・ヴィレッジヴァンガード・ツタヤといった名前があがりますが、出店数での圧倒的な差異もさることながら、ツタヤとの比較についての語りも面白い。
ツタヤが図書館の運営まで手掛けている昨今ですが、ツタヤも図書館もツタヤ図書館もぶった切っています。
そういうお仕着せの公共じゃなくて、ブックオフみたいな「なんとなく」のほうが公共性があるのではないか、という考察です。

そのあたりは公共についての議論として難しくなりそうなので、あまり首を突っ込みたくないですね。
東浩紀の議論も引用していましたが、彼は以前にGoogleが公共になりうるかみたいな論を展開していたこともある人です。
10年以上前の議論なので仕方ありませんが、GAFA支配への警戒感だとかとは無縁で随分と牧歌的だと感じたことがありました。
ブックオフで何を買おうとそのデータの集積程度では大した悪用もされないでしょうけれども、私企業の活動に安易に公共的なものは求めてはいけないようには思いますね。

とはいえ、あくまでもユーザー目線で言うと、自分が都心に住むようになり深夜にぶらっと徘徊するようになっても、ヒルズのツタヤより白金台のブックオフのほうが時間は潰せたよなぁ、と。
週末の深夜とか、あそこのツタヤはよく座談会とかのイベントもやっていましたが、スピーカーの音がうるさかっただけでなく意識高い系の人が多くてウザかったですね。
いつ行っても外の椅子はマックブックを開いている人で占拠されていたし…。

話がズレました。
「文化のインフラ」としてのブックオフの話でした。

学生時代、自分の一日の生活はと言うとこんな感じ。
昼過ぎに起床し、車でファミレスかファストフードでブランチ。
その後、ブックオフに移動し漫画を中心にしばらく立ち読みで時間を潰す。
家庭教師のバイト時刻になったらその足で生徒宅へ。
ひと仕事終えてから帰宅。
その後は風呂・夕食を済ませてから深夜までゲーム。
といったところ。

一日のルーティーンの中に確かにブックオフが組み込まれていました。
そういう意味では自分もブックオフで育った世代なのでしょうけれども、これまであまりそれをそれとして意識したことはなかったですね。

それよりも当時はどちらかと言うと否定的に捉えていたかもしれません。
埼玉の17号バイパス民として、ブックオフ程度「しか」無い文化不毛地帯、といった意味合いで。
車で出かける範囲では学術書を含めた面白そうな本を置いている新刊書店はなかったし、神保町のような古書店街こそが古本屋の王道とは思っていたし、そういう「選民意識」を持つサブカル民でした。
でも、ある種の「一般教養」を身につける場としてブックオフは機能しておりました。
名の知れた大抵の漫画は揃いましたからね。
そういう意味では、ブックオフというのはサブカル的では無いのですね。
その店の近くに住む人が持ち込んだモノをそのまま店に並べているので、メインカルチャー寄りにはなるのは当然ですが。

それを「公共」とまで言うのは違うかもしれませんが「文化のインフラ」と言われたら、たしかに自分らがそこで育ったのは事実だし否定できないですね。
そんなブックオフの位置づけを再確認できる一冊。

ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ [ 谷頭 和希 ]


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