船尾修『日本人が夢見た満洲という幻影』読了。
副題が「中国東北部の建築遺構を訪ねて」というもので、「船尾修 写真・文」と書かれているように、写真が前面に出てくる作りです。
文章は旅行記というよりは、満洲に何度も通いつめる中で色々と思索に及んだことを、調べた史実と絡めて筆の乗るままに書いたという感じです。
何度も通うことになったのは、満洲時代の建物が次々と消えていくためで、それらが消え去る前に画像に残したい、という思いに突き動かされたものなのでしょう。
そんな著者の思いは、本文最後のつぶやきに集約されています。
満州国とは一体何だったのだろう、と。
上野駅のようなハルビン駅、東京駅のような瀋陽駅。日本の城のような旧関東軍司令部。
文章の節々に、自身は左寄りであるのだけれども、日本人として現地を訪れると感じてしまうその圧倒的な親和感への戸惑いといったようなものが溢れています。
ご自身としては、日露戦争後の租借も、関東軍の増長も、満州国の設立も支持はしないのだけれども、そこに多くの「日本人」の生活があったことはこれらの建物を見ると実感できてしまうわけで、だからこそ、先ほどの問いになってしまうのですね。
それでも、関東軍によって整備された都市と、そのバックアップで成立した「日本人」の生活は、ソ連参戦とともに瓦解したし、関東軍はそれを守ってくれなかったばかりか見捨てたのだ、という視座からはブレないので、どうやってもポジティブにはなり得ないのですが。
ただ、訪問先の多くで見た中共のプロパガンダについては、日本人としてアウェイ感を感じる、という程度の感想で、そこも含めて相対化して見ている感じではないですね。
昔、武田徹さんの『偽満洲国論』を読んだときには、徹底して満州時代の遺物に「偽」満洲国とのレッテルをはる中国共産党の姿から、逆にその正統性の無さが浮かび上がってしまう様が見て取れました。
あの本から30年近く経ち、現地での受け止められ方もまた、変わってきたということでしょうか。
確かにこの30年で、日中戦争を経験した世代はごっそり退場しました。
軽々に洗脳という言葉は使わないまでも、すでに「満洲国」は歴史からも消えた産物であり、そのあたりは現在では単なる「中国東北部」。
教育によって得られるだけの知識になったものについて、過剰さは要らないのですね。
満洲国の五族協和(漢族・満州族・蒙古族・日本人・朝鮮族)が欺瞞で、中華民国の五族協和(漢族・満州族・蒙古族・チベット族・ウイグル族)は欺瞞でないとするその根拠を探すのは結構難しいでしょうし、その中華民国の後継が中華人民共和国であるとするのも、結構難しい。
でも、歴史の教科書のなかだけになってしまえば、その語りについても特に過剰さは必要なくなってしまう、ということですね。
ネタがベタになる、と言い方があります。
その意味では、満洲国とは、壮大なネタでありました。
そして、日本の敗戦によって、そのネタはベタになる前に、ネタのまま無くなってしまいました。
ただその時代の建物が消えてゆくのは、そのネタ元すら無くなってしまうことなので、なんとなく寂しいですよね。
そんな著者の独り言が聞こえてくる一冊。