上念司『あなたの給料が上がらない不都合な理由』読了。
タイトルからすると、日本で給料が上がらない理由をネチネチと列挙していく本かと思いきや、そうでもありませんでした。
ただ、全体的に内容が散らばりすぎで、どうにもまとまらない本になってしまった感。
しかし、終章で初稿の書き上げが2022年2月22日だったとあり納得しました。
当初、どういう企画で本書の執筆が始まったのかイマイチわからないのですが、その日以降、あまりにも世界は大きく変わってしまいました。
そのことを著者自身も大いに感じているがゆえに、初稿をそのまま出版するのは忍びないとして、色々と手を加えた結果がこれなのでしょう。
でも、ウクライナ紛争も続いていて、台湾紛争もタイミングの問題で、安倍さんも暗殺されて、ペロシ(だけでなく続々と米要人)が台湾を訪問し、という今からすると、少々内容を修正したところでどうにもならなかったんだろうことは明らかです。
執筆というのは時間のかかるものですので仕方ありません。
コロナ禍以降の政府の対応について苦言を呈する箇所も多く、元々の執筆意図はこのあたりだったのかな、とは思います。
著者は、バブルの最終期に長銀に就職したものの半年で辞め、塾講師の契約社員となった後に独立。
現在は勝間和代さんが所属する事務所の代取で、経歴からしても金融の人というよりは実業家でしょう。
それゆえに、コロナ禍での一連の政府の対応には思うところがあったのかな、と。
とはいえ、本書の端々から感じられるのは、端から政府には期待しない、という姿勢。
事業をやる側からすると、補助金を当てにするような事業は不健全というのは正しく、著者の考えでは、コロナで壊滅的になった事業にこだわり、補助金やコロナ融資でそれらを生きながらえさせるよりは、今後を見通して、別の道を考えたほうが良いのでしょう。
自身が長銀を辞めてしばらくニートだったときのことや、その後就職してからのエピソードを通して、どんな仕事であれ働いてお金をいただくことの尊さみたいなことに触れます。
でも、そのあたりで対象読者がだれなのか、わからなくなってくるのですね。
学生なのか新卒社会人なのか、それとももう少しミドルよりのサラリーマンなのか、飲食店などコロナで沈んだ経営者なのか。
それから、幾度となくご自身の著書『誰も教えてくれなかった金持ちになるための濃ゆい理論』からの長い引用が入るのですが、研究書でもない本で、こういうのはありなのでしょうか。
少し読みたくなってしまったのは事実ですけれども…。
タイトルに即して、給料が上がらない理由の解説は以下の2つ。
マクロ的には日本がデフレだから。
ミクロ的には成長期の企業にいないから。
それから、言われてみれば当たり前ですが、給与の上昇率を比較するならインフレ率も見るべきとしています。
その意味では給与の伸び率の国際比較などはそれ単体を抜き出しているので意味がありません。
逆に、マクロ的には給料を上げるには、イノベーションとか生産性向上とかいうお題目ではなく、インフレにしてしまえば良いだけ、というのは確かにその通りですね。
なので、給料をあげるにはどうすれば良いか、という施策もマクロミクロ両面から。
マクロ的にはインフレにすること。
ミクロ的には利益を出せばその分自分の報酬につながるような成長期の企業に属すること。
著者にとってはそれが、勃興期の「臨海セミナー」だったということですね。
今では塾業界と言えば、たとえSAPIXに勤めても、給料はたかが知れてそうですけれども。
また、ここに来ての欧米諸国と日本とのインフレ格差はコロナ禍での財政支出の差と推察していますが、これは十分にありえると思います。
ウクライナ紛争による要因ももちろんありますが、その前から高止まりはしていましたし。
なので、海の向こうの二桁に届こうかというインフレ率を見て、日本はまだマシだ、とする意見もよく見ます。
しかしながらFRBならびに米連邦政府からすると、インフレは引き締めれば良いだけなので、デフレに陥るよりは高インフレのほうが数倍マシだという見立ての下で、金融緩和も財政支出も積極的に行なっていた、というのがあったのではないでしょうか。
本書では、財務省の引き締め路線がいかに日本経済に悪影響を及ぼしてきたかということが繰り返し書かれていますが、日本ではこの未曾有の災厄期においてすら、インフレも起きにくい代わりにデフレに戻る危険性は常にある、ということですね。
散漫で書き散らした感はありますが、タイトルについての解説と施策についてはきちんと書かれている一冊。