芝田泰明『地主のための資産防衛術』

芝田泰明『地主のための資産防衛術』 評論

芝田泰明地主のための資産防衛術』読了。

Twitterで話題となり、「市況かぶ全力2階建」にも取り上げられた話題の書。
迷わずポチッとしてしまいました。

前半が、本家の跡継ぎたる著者が分家の叔父さんとの相続争いで勝利するまでの実録。
後半が、その経験を元に全国の地主さんに向けてコンサル業を進めるための営業本的な内容。
ていうか、営業本なんでしょうけどね。

その「分家の叔父さん」というのは、著者の父(=本家の長男)の弟で、郊外型の大型書店だったりインターネットカフェで成功し、著者の父も含め一族郎党をすべて役員にしていたのだそうです。
著者は、そういう環境が嫌で、若い頃大阪に出たり東京に出たりして、自立しようとしていたように見えます。
ところが実家では、次第に会社が傾き始め、叔父さんが本家の不動産を担保に借金を重ね、ついにはその借金の重さに耐えきれず、役員だった著者の父が自死してしまう段にいたり、著者が故郷に戻ることになりました、と。

そして、その企業の経営権を取ったり、借金の整理に奔走したり、争族では積極的に争ったり、と。
そういうお話です。

背景としては、ローテクビジネスで成り上がった「ヤンキーの虎」が、平成期の地方経済の衰退に伴い傾いていった様を、その経営者一族の目を通して描いてみました、といったところ。
叔父さんのビジネスの失敗については、無茶な拡大とかいうよりも、「出版不況」とか「街から本屋が消えた」とかいう面も含めて、構造的なところから見たほうが良いような気もしますが、それはまた別の話なのでしょう。

「本家」とか「分家」とかいう物言いからもわかるとおり、もはや下根の者にはわからない世界観です。
しばらく外の世界で揉まれていたはずの著者ですが、そもそも代々の長男が家督を継ぐものだ、という意識が強いようですね。

著者からすれば、次男の叔父が余計なことに手を出したばかりに、本家が傾いた、ということなのでしょう。
ただ、その叔父からすると、著者の父も含め親族を養ってきたのは自分で、君もまたワシに養われてたんやで、といった意識はあったかもしれません。
借金が嵩んできてからの対応はまったく褒められたものではありませんが、銀行は担保のないところには融資をしない、という現実もあります。
その叔父も、事業への融資として銀行から借り入れを起こしたときには、担保を提供してもらうだけ、という意識だったと思います。
提供する側の著者の祖父もそうだったことでしょう。

著者の父親は男女合わせて4人のきょうだいだったそうなので、その叔父の会社の借り入れの規模が、著者の祖父の資産の4分の1の範囲内だったのかどうかが気になるところですが、本家の資産総額については記述が無いのでわかりません。
少なくとも家制度の廃止された今日の常識で言うならば、それを下回っているかぎりにおいては、一見すると問題は無さそうですけれども、いったん揉めて裁判沙汰になると、事はそう簡単では無いのですね。
担保提供とか連帯保証とかは、生前贈与ではないので。
というか、何より法人との関係なのでそもそも特別受益にも当たらないので。
一族で穏やかに遺産分割協議が為されるレベルであれば、そのあたりも加味した解決も出来たでしょうが、訴訟合戦になると無理です。

この手の「争族」の場合、双方ともに都合の良い論理をぶち上げるので、そのいずれにも真面目にお付き合いする必要はないのですが、調停とか裁判とかになると、少なくとも民法と過去の判例を元にした判断しか残りません。
法人への貸付の債権放棄は、相続人への生前贈与ではないし、法人の負債の肩代わりもまた然り。

連帯保証人である著者らが、その負債を立て替えた分の求償権をネタに叔父の会社の経営権を獲ろうとするあたりは、なかなか参考にはなるのですが、これも互いに弁護士を立てる関係と割り切ったからこそ取れた策ですね。

こんなところでも、連帯保証は怖い、という至極まっとうな知識に気付かされます。
それと身の丈にあった経営は大事ですね、と。
経営者として、気をつける点、本書から学ぶ点があるとすれば二点。

一つは連帯保証も相続されてしまうということ。
それに、それを相続した者は、少なくとも当初その地位を受け入れた者とは、意識は異なるでしょう。
著者からしたら、父を自死に追い込んだだけでなく、その息子である自分に債務を押し付けてくる相手を許す義理はないわけで。
実際に連帯保証の印を押したお父さんの思いは、また別のところにあったと思いますが、それはこの本には書かれていません。
著者はお父さんが亡くなるまで地元には戻らず、父との会話もほぼ無かったからです。
残された者には、当人が苦しんだ後の自死という結果だけが突きつけられるので、その思いは類推するよりありませんが、死を受けての類推は歪んだものになっても仕方ないとは思います。

それから、もう一つは事業の撤退戦の難しさ。
拡大させた当人が撤退戦を仕切るのは、やはり難しいもので、また違う能力を必要とするのでしょう、ということ。
過去の良かった時代を知ってしまっている者が事業の縮小も手掛けるというのは、土台無理な話で、経緯はどうあれ著者が叔父さんの会社を吸収したのは、再建には好都合だったのでしょう。

争族記としてのこの本の流れに沿うと、著者の側の勝利の鍵は、祖父はもう死んでいるので遺産が祖母に寄っていたわけですが、その祖母が著者に「すべてを相続させる」という遺言書を書いてくれたこと、また、祖母が会社に貸し付けていた1億強を、相続発生前に相続対策で債権放棄させていたこと、でしょうか。
後者の債権放棄は、それに見合うだけの累損があった叔父の法人とぶつけてその株価を抑え、自身の法人による吸収合併をさせることも目的の一つでしたが、これが早めに来てしまった二次相続にも奏功。

これらに施策により、祖母が亡くなるときには、遺産から債権分が消えていたことに加え、叔父の取り分は遺留分となるので「4分の1」の「2分の1」、つまり全体の8分の1に減らすことが出来ました。
(実際には遺留分請求は叔母二人からも来ているので、「4分の3」の「2分の1」で「8分の3」の支払い)

そもそも、叔父の会社が祖母から1億強の役員貸付も受けていたという点で、もう一族同舟の極みみたいなところもありますが、まあ、金の切れ目が縁の切れ目ということでしょう。
いや、今回の場合は逆で、負債の繋ぎ目が縁の切れ目、か。

著者は、叔父が遺留分として、役員貸付も含めた額を全体の遺産として請求してきたことを憤っていましたが、まあ、二次相続の遺留分となると相手方の戦略としては当然かな、という気がします。
土地は時価で、株価はなるべく高くできる算出法で、自分の特別受益は少なくあるいはゼロに、そして相手の特別受益は過大に、そんな主張は常套ですね。
二次相続なので、もう次はない。
縁は完全に切れるので遠慮する必要はない。
それに相手方からしたら、そもそも遺言書のせいで本来もらえるはずだった分の半分になっているのだから、少しくらい無茶な主張しても良いはずだ、くらいの心持ちではいたはずです。

というわけで、地主目線としても経営者目線としても、参考になる一冊でした。

最後に一点、明確な間違いがあったので指摘しておきます。
遺留分減殺請求についての記述です。

その際に税理士は「遺留分は、相続税を計算する際に使う路線価評価額ではなく、時価で計算する」という現実をつきつけられました。通常は路線価評価額より時価のほうが高いため、当然税額も高くなります。

日本語としておかしい、という指摘ではありません。
たしかに「税理士は」ではなく「税理士から」でしょうけど。

遺留分を請求する側は、少しでも自分の取り分は多いほうが良いので、土地の評価に時価の採用を求める、というところまでは良いのですが、「税額も高くなります」は間違い。
取り分の計算で使った評価額で相続税を計算しなくてはならない、という決まりはありません。
相続税の計算は、相続税路線価に則ったもので問題ないです。

この箇所は、税理士が相手方の請求額のことだけを言ったのを、著者が勘違いしただけなんじゃないかと思います。

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