『最も賢い億万長者』

『最も賢い億万長者』 評論

グレゴリー・ザッカーマンの『最も賢い億万長者』を読む。

ルネサンス・テクノロジーズの歴史を創業者シモンズの伝記的なものを中心に書いたもの。
あまり情報が出てこないルネサンスのことを書いた本なので手が伸びたわけですが、当然この本の上下巻だけで帯にあるような「ルネサンス・テクノロジーズの全容が明かされ」たはずもなく。
というより、数式一切なしに全容なんて書けるわけないし、書かれていたとしても理解できないだろうから、読者としてもそこを求めているわけではないわけですが。

じゃあ何を期待していたかと言うと、読み物としての面白さですよね。
読み始める前は、漠然とエドワード・ソープの『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』のようなものを期待していましたが、あれともちょっと感じが違いました。
まあ、あれは自伝だったし、ラスベガスからウォール街への転身とか、ソープの人生そのものが面白かったわけで、そういう意味ではジム・シモンズは、天才で変わり者ではあっても、人生の紆余曲折だったりは、それだけで本になるほどのものはないのでしょう。
離婚だとか子どもを亡くすだとかいった悲しみはあるものの、そういう至ってパーソナルなものを除けば、せいぜいファンドのパフォーマンスが悪い時期がありました、くらいのもので。

というわけでこの本は、前半はシモンズの生い立ちを丹念に追っているものの、後半はルネサンスに関わった濃ゆい面々のエピソードが主になっていく。
でも、単なるシモンズの伝記にとどまらなかったのは、それだけでは取るに足らない内容になってしまうからとか、本にするエピソードが足りなかったからというのでも無いのですね。
また、シモンズが秘密主義で、本に書かれることを徹底的に嫌がっていたから、とか、それによって取材源が限定的であったから、とか、そういう理由でも無いです。
読めば、ルネサンスの成功を語る上で必要な取材と文章をつなげたら、自然とそうなるな、と納得します。
どういうことかというと、エドワード・ソープの場合は、彼の個人的な天才性が彼の成功のすべてなわけですが、シモンズの場合はそうではないということです。
確かに彼は、数学でマーケットを読み解くという信念を貫き通したという点で天才的ですが、ルネサンスという会社もその代表的ファンドであるメダリオンも、彼が一人で立ち上げたわけではないし、その継続的な成功には、次から次に加わるクセの強い面々の仕事が大いに関係しているのです。
なので、そういう構成にならざるを得ない。
で、むしろ彼らが一様にヘンタイで面白いので、本のコンテンツとしても良質となっている、と。

あと、シモンズがファンドの初期にスカウトして連れてきた面々が、その移籍理由について、一様に「子どもたちの学費が心配で」と言っているのが、なんというかアメリカの歪みを映し出しているなぁと感じます。
大学や研究機関に職があった人間が、そこからの給料だけでは子どもたちを大学に行かせることはできないと感じてルネサンスに転職してくるわけですから。
さすがに日本ではそこまでのことは無いでしょう。
お金を積んで、なんとしてでも子どもを私立の医学部に押し込みたい、というのなら話は別ですが。
凡そアメリカで子どもを大学に行かせるというのは、日本で私立医大に通わせるのと同じくらいの負担感があるということなのでしょう。
そしてそれは、IBMの研究所に勤めているレベルの人間であっても、感じるほどのものである、と。

というわけで、この本は自伝でもあり社史でもあり、みたいな構成になっています。
後半では、ルネサンスに在籍中あるいはかつて在籍していた切れ者の数学者たちの愉快なエピソードを意識して拾い上げている節があるので、そこは読んでいて面白いですが全体的なまとまりには欠けます。
それでもフラットな職場と、包み隠しのないアイデアのやり取り、そして知識・プログラムの共有が最良の結果を引き出すみたいな話があります。
ルネサンスの成功の秘訣として一般化できそうな唯一のポイントかもしれませんが、レイ・ダリオの『プリンシプルズ』のような、組織論として成立しうるような記述にはなっていません。
また、そういった当初のユートピアみたいな職場環境が、会社が大きくなるに連れその風土が失われていった様は描かれてはいますが、それによってルネサンスの経営が傾いたという話でもありません。
それどころか、ルネサンス自体はここ数年で更に会社として伸びているので、それによって没落しましたみたいなストーリーにするわけにもいかず、おもしろエピソードのひとつにしかなっていませんね。
ほかにもこういったエピソードの抜き出しで終わっているものが多く、何かストーリーに落とし込んで成功の要因を探る、みたいなことはできていませんが、現在進行系の組織体について書くのは、やはり難しいということでしょう。
無理して一般化するのではない、こういった書き方もありです。
単なるルポやんけ、という批判はあるかもしれませんが。

彼らの運用しているプログラムについての詳細な記述はもちろん無いですが、一つエピソードとして面白かったのは、株式を運用するプログラムで、あるときS&P500の数値を定数で書いてしまったがゆえに、ファンドサイズが大きくなるとモデルがうまく機能しなくなってしまっていた、というもの。
プログラムを書くとき、変数にしておくべきところを、後で入力し直せばいいや、と、ある定数で置いておいて作業を進め、それを忘れてそのまま本番稼働させてしまっていた、なんてことは、結構やってしまいがちで他人事ではない。
開発した人間からすると冷や汗モノですが、逆に考えると、ルネサンスの株式のモデルでは、S&P500であるはずのところが定数であっても、ある程度のファンドサイズになるまで目に見える形ではパフォーマンスに影響を及ぼしていなかった、ということで、そこが驚き。
株のモデルへのファクターとして、株価指数の動きの占める割合は限定的だったということになりますからね。

この本は、クオンツのことを勉強したい、という人には向きませんし、これを読んでこれが資産運用業界の標準だ、と思うと火傷をするでしょうし、なんというかお勧めしたい読者層が見えてきません。
ですが、少なくともルネサンスのことが長く書かれた初めての本、ということで読んでおいて損はないです。

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