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吉田繁治著『アフターコロナ 次世代の投資戦略』を読む。
8月の出版だが執筆は6月時点。
一部内容が既に古くなってしまっているところもあり、わずか半年程度のことなのにと、この一年の激動ぶりが伺い知れる。
2020年という年を、後の世はどう振り返るのだろうか。
なにせ米国株価を年足で見たら、かなり下押ししたにも関わらず最高値更新(の可能性が高い)、ですからね。
タイトルどおり、コロナ後を見据えた投資戦略についての書だが、著者が長く言っていることから外れた主張は見当たらない。
概ね、世の中の進みとして著者が考えたもののうち、コロナによって拍車がかかったものと後ずれしたものとがあるだけだ、というもの。
流れとしては以下の通り。
1.国債の乱発からのインフレ。
2.それによる金利の上昇。
3.そして国債発行の頓挫と国家破産。
インフレが始まり、金利が上昇するならば、政府は思うように国債を発行できなくなるのでそこで破産するのだ、という論理展開だが、これは別段新しくはない。
というより、アベノミクス開始時からよく見た話だ。
付け加えるなら、著者自身はそれ以前からその主張を取っていて、本当なら2015年には財政破産していたはずだが、日銀が国債を引き受けたのでそれが先延ばしになっているだけ、というスタンスである。
金利が上がらないのは中央銀行が国債を買い占めているからで、それをやめれば金利なんてすぐに上がる。そうしたらすぐに破産だ、という。
でも、これは逆に考えてみれば、買い占めを止めない限りは金利は上がらない、ということなんですね。
なので、その論理展開は「インフレになり、金利が上がれば」の早々のところで崩れてしまう。
「そうは言っても、いつまでも買い続けるわけにもいかないだろう」という反論もできるが、いつまで、というのも数字の問題に過ぎない。
本書でも、金利が3%を超えてくれば利払いが税収を超えてしまうからそこで予算を組めなくなる、という形での限界が示されているが、じゃあ金利が3%を超えないように国債を買い占め続けたらいいですよね、となってしまう。
それ以外に限界の経路がなく、純粋に数字の問題であるのならば、極論を言うと、「インフレになって名目の徴税額も増え、名目での国債の元本も利払いも大したことなくなってから考えてもいいんじゃない?」
という話で終わってしまう。
実際アベノミクスで税収は増えたわけだ。
もちろんそれは消費増税とは関係がない。
「いや、それはまやかしだ。GDPデフレーターもまやかしだ。CPIもまやかしだ。人々の生活実感を見ろ。実際はインフレなんだ。だからそのGDPの伸びも税収の伸びも名目だから意味がないのだ。」という議論は、借金もまた名目であることを忘れている。
海外勢がどうのとか、ヘッジファンドがどうのとか、先物の流通量は現物よりも多いとか、そういう話をすべて飲みこんでなお、中央銀行を超える大きなプレーヤーはいないという現実の前にはすべてが霞んでしまう。
また、インフレになったら、という仮定から始まるストーリーにも問題はある。
なにか「インフレ」という価値中立的な指数があり、それがいわゆる金利と連動していると考えてしまっている。
それゆえの、「インフレ→金利上昇→国家破産」なのだが、まずこの指数とやらが怪しい。
何かを忠実に反映したインフレ指数なるものとはなんぞや。
今、地を這い続けているCPIだろうか。そうではなく狭義のコアだ、とかコアコアだ、とかそういう話だろうか。
いや、生活実感として、例えばキットカットが小さくなったとか、カントリーマアムが可愛いサイズになっちゃったとかそういうことか。
いや、でもそれは数字に反映されないからこそそういう現象として説明されているわけで。
いや、そういう消費者物価の話じゃなくて資産価格のほうだ、というのならば話は早い。
株は上がり続けている。
でも、それで金利が上がったという話は聞かない。
ことほど左様に「インフレ→金利上昇」という因果関係も今日では難しい。
それに、そもそも数年後に「供給<需要」ゆえのインフレが起きる自信がない。
いや、こんな後ろ向きじゃいけないんですけど。
コロナが収まったくらいで、企業の投資は戻るんでしょうか、という。
上述のシュリンクフレーションは需要と供給とかいう話ではなく、単に購買力が下がってるだけだろうし。
どうもデフレマインドになってしまっている・・・。
総じて敗戦革命論みたいな刺激的な書だが、これくらいの刺激がないと、我々のデフレマインドは払拭されないのかもしれないな、と。