島田裕巳『親が創価学会』

島田裕巳『親が創価学会』 評論

島田裕巳親が創価学会』読了。
アマゾンのレビューを覗くと、結構ひどいことになっていたりしますが、いずれも信者の方の手によるものですね。
自分が読んだ限りでは、そんなに文句を言われるほどの内容とも思えないのですが、信仰の世界は違う論理が働くので、いろいろなところに地雷はあるのでしょう。
そもそも誤読されているな、と感じるものも散見されました。
無論それらも含めて、外部からすれば「君ら、そーいうとこやで」ということになるのですが。
ただ、その上で言うと、本書が誰に向かって書かれているのかわからない、というのはあります。
字面通り「親が創価学会」という、いわゆる二世・三世の学会員の人に向けて、あなたのその辛さはあなただけじゃない、という主張をしたものだとしても、最後まで読んでも救いが無いのですね。
終章になって「「親が創価学会」という試練」と言い放ち、そこから逃げても結婚を考えた異性の「家族が創価学会の会員であった。そんなことも起こる」かもしれない。
でも「そうしたことが起こり得るのは、新宗教が庶民の宗教であり、会員や信者が特定の社会階層に属しているからである」と雑な階層論で閉じていて、いやー、これは信者の人が読んだら良い気はしないだろうなぁ、と。

とはいえ、前半の歴史的な経緯のおさらいを中心に、創価学会のことを知るのに役立つ記述があり勉強になったのは事実です。
彼らの性向についてその背景まで語ってくれるところはあまり無いものなので。

・創価学会は「自分の姿勢を変えるのではなく、折伏をして相手を変えるようにと説く」ので、やっぱり外部の人間は抵抗を持ってしまうという点。
・「選挙には関心あるが、政治にはさほど関心がない。それが、創価学会の会員の一般的な姿」だということ。
・「農村部にとどまった人間たちが田中派の支持者となり、都市に出ていった人間たちが創価学会の会員になった」という見方。
・「創価学会の会員がお金を出す行為は、「お祭り気分」のなかでおこなわれてきたことになる。それは、ホストクラブの客が、お目当てのホストの成績を上げるために、シャンパンのボトルを空け続ける行為に似ている」という、どうも偏見はたしかに入っているでしょうが否めない指摘。

こんなところでしょうか。
自分も、郊外の団地で育った人間なので、まわりには創価学会員の人が少なからずおりました。
共産党員の数よりは少なかったように思います。
でも、さすがにエホバの証人よりは多かったかな。
まあ、80年代の団地民なんて所詮そういう社会階層ですよ、と島田先生に悪態をつきたくもなりますが。

将来の夢の寄せ書きに「創価大学に入る。」と書く程度には熱狂的な家の子もいましたし、中学受験で創価中に合格し、卒業式に真新しい創価中の制服で参加した子もいました。
それでも小学生時分では、宗教談義をすることもないですし、別に彼らと何かいざこざがあった記憶もありません。
エホバの家の子は、クジラが給食に出たときに、それを食べないと言って少し問題になったことがありましたが、創価の子はそんなこともないし、学校生活では創価だからどうということはなかったですね。
その団地では毎年8月の終わりに団地祭というものがあって、子どもたちが作った神輿と山車を引くイベントがあったのですが、まったく宗教色は無かったものの、それへの参加を渋る家庭がいくらかあったという程度。

自分が、彼らと自分の思想体系はまったく違うものだということを感じたのはもう少し経ってからのことです。
16~17歳の頃だったと思うのですが、ある日電車で、創価高校に通っているであろう二人組と同じ車両になりました。
彼らは、始めのうちは競馬だとかアイドルだとかの他愛のない話をしていたのですが、唐突に片方が
「それにしても阿部日顕ムカつくよな。」
と。
大石寺と創価学会が揉めているまさにその頃だったのだと思います。
もしかしたら中吊りで、週刊誌のその手の広告が目に入ったのかもしれません。
自分もその名前を聞いたときにそれと聞き取れたので、まったく初見の名では無かったわけで。
そのとき、もう片方の子はさほど熱心な信者ではなかったのか
「あ、あぁ。」
みたいに流しに入っていましたが、言い出した子はヒートアップしてきて、数駅先で自分が電車を降りるときでも止まらなくなっていました。
時代はオウム以前でしたが、そのとき自分に、あー宗教には触らんとこ、みたいな認識ができた10代の出来事として記憶しています。
この経験があったからか、その後、幸いにも宗教関連で悩むこともなく、そういうややこしい異性と出会うこともありませんでした。

直接の関わりはないものの、いろいろなエピソードを聞くことになったのは、学生時代の同期が創価大学のロースクールに入ることになってから。
ロースクールの制度が出来た1期生で、まだ海のものとも山のものともわからない時期です。
仕事を辞めてまでして、よくそんなチャレンジングなことを、と思いましたが、他人が言ってどうなる話でもないですからね。
ただ、学会員でも無いのに、なぜそこに行くことにしたのかはかなり疑問でした。
本人曰く散々願書を出したけど受かったのが、琉球大と創価大だけで、東京を離れたくないから創価大にした、というものでしたが。
わからんでもないけど、その決断はどうかなーなんてことは、周りの人間すべてが思っており。
それでも入学して以降は、同窓会のたびに彼が教えてくれる自身が体験しているそこでの困惑エピソードは最高のネタで、もちろんそれらの逐一はヤバすぎて書けませんが、仲間内ではブラックに楽しませていただいたのでした。
それでも本人には、明らかにうつの症状が出ていたり、20代なのに髪が半分近く抜け落ちてきたり、挙げ句弁護士資格も取れずに終わったりと、やっぱり信者でない人間にとっては、触れるべきではない世界だったのだな、と。
「ほんと狂ってる。ほんと狂ってる。」
というのが当時の彼の口癖でしたが、そんなことを言い募った彼の人生も、その後十分に狂ってしまったわけで。
まあ、間違ってもそういう世界の人を折伏しようなんて考えないことです。
心の平安のためには、知らなくても良い世界はあるのですね。

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