宮藤官九郎『俺の家の話』読了。
ノベライズではなくシナリオ本ですね。
彼の場合は小説化しないというこだわりがあるようですが、その分早めに文章で読めるものが世に出てくるのですね。
自分でわざわざ小説の文体に直す時間も惜しいし、かといってノベライズを他のライターさんとか職業作家さんとかに任せて、気に入らないものが出るくらいなら、シナリオのまま出版してしまおう、というのはわからないでもないです。
実はドラマは一度も観ていないのですが、方々で評判は流れ着いてくるもので、見逃し配信とかで見るべきか、DVDを待つか、なんてことを考えていたのですが、とりあえずシナリオで楽しませていただきました。
長瀬くんが主役のクドカンのTBSドラマはハズレがないということなんでしょうね。
『IWGP』のころはまだ自分も学生だったなー、なんて遠い目をしています。
加藤あいと酒井若菜が無敵だった時代ですね。
あのドラマを見てから石田衣良さんの原作を読んだら、ドラマほどは面白くなくて拍子抜けしたのと、そうかあの面白さは、この宮藤官九郎という人の手によるものなのだなと、さほどサブカルに浸かっていたわけではない自分でもその名を認識するようになったのもあのころでしたか。
その前にも、クイックジャパンとかで、大人計画という文字も含め、時折名前を見ていたようには思うのですが、別に舞台に足を運ぶ人間ではなかったので気にも止めていませんでした。
でも、つい数年前まで彼は関東ローカルの人だと思ってたんですよね。
というのは、『木更津キャッツアイ』で、麻薬の運び屋をやらされていた古田新太が、売人との間の合言葉のやり取りでこんなシーンがあったからです。
売人「旅ーゆけーばー、みかーづきー」
古田「たーまひーめーでん」
売人「うーん、まぁ、いいかぁ。はいよ」
もちろんここでの合言葉で返すべきは「ホテルみかーづーきー」です。
「ホテル三日月」も「玉姫殿」も、関東圏でしかCMはやってないと思われ、それを知っているのだからクドカンは少なくとも関東で生まれ育った人間だろうと思い込んでいたのですね。
ところが数年前、DA PUMPの『USA』の替え歌が流行った中に『INK』(田舎)というのがあり、宮城県栗原市の様子を描写していたのですが、その中に語り手の告白として、自分の通った高校について
「高校の先輩、クドカン、(狩野)英孝ちゃ~ん」
と言っていて、本当か?と。
で、Wikipediaを見てみたら、「宮城県築館高等学校」出身とあって相当に驚きました。
というのは、彼はシナリオの中にローカルネタを埋め込んでいるわけですが、自身の体験を元にしていない、ということになるからです。
確かに考えてみれば、担当した脚本からしたって、池袋と木更津とで少年時代を同時並行的に過ごすというのは考えにくいわけで、当たり前な話なのですが、こういう分かる人には分かる地元ネタを、彼はなにか定石のようにして埋め込む技術を持っていたことに唸らされたわけです。
で、今回もそういうものはあり、スーパー多摩自マンという登場人物は、「多満自慢」というお酒から来ているのですね。
彼の作り込み方という点でもう少し広げてみると、『タイガー&ドラゴン』での「落語」と「ヤクザ」が、本作では「能」と「プロレス」に対応しています。
それに今回は「介護」というテーマも加わってはいるものの、そういう意味での基本的な構造は固まっていて、こういう型がある人は強いな、と。
この構造を決め、能についての勉強をしばらく続けた後に、自身の頭の中に長瀬くんを放り込み、そこで長瀬くんが勝手に踊りだすのを待ち、後はその映像というかセリフを書き連ねていく、というのがスタイルなのでしょう。
『タイガー&ドラゴン』でも、落語の話がドラマのストーリーと重なる箇所が何度となくありましたが、本作も能の話を使っています。
終盤になって「隅田川」という作品を扱う段になったあたりで、「あ、これは、最後長瀬くんを死なす展開なんではなかろうか」と思ったのですが、やっぱりそうでしたね。
でも、『木更津キャッツアイ』でも、ぶっさんは生き返りましたからね。
あまり深刻に考えないで良いと思います。
また、能についてはストーリーの中にそれなりの織り込みが為されている一方で、プロレスについては扱いが少し軽薄な感じがありました。
多分、指導が入っていないのでしょう。
といっても誰に指導させればよいのか?というのはありますが。
吉田豪か有田哲平か・・・。
長州さんご本人を存分に使っているのですが、あるあるセリフが少し上滑りと言うか、背景とか抜きに、それだけ言わせてる感がありますね。
具体的には、
「キレてない」
「形変える」
「飛ぶぞ」
「跨ぐなよ」
といった名言?がご本人の口から聞けるので、笑えるは笑えるのですが。
プロレスにはプロレスの教養というものがあり、その語り口には、気をつけないといけないものなのだな、と感じた次第。
長州さんに、キレてないを連発させていますが、シチュエーションに意味がなさすぎて、どちらかというと長州小力のキレてないを見せられているかのような印象にも。
まあ、こんなこと言ってますが、今となっては「有田と週刊プロレスと」以上の知識は私も無いわけですが・・・。
プロレス関連で少しディスってしまいましたが、十分に楽しませていただきました。